第2話

 時は流れて、俺は十五になった。

 親父は最近、腰を悪くして猟に出れなくなってるけど、かわりに俺が山に行って、狩りをしている。

 村八分は相変わらず続いているけど、いじめてきていた連中はすっかり大人しくなった。

 どうやら俺がのことが、気味悪いらしい。


 勝手だとは思うけど、その方が良い。俺は誰とも、絡まない方が良いんだ。

 良いんだけど……。


「ねえ雪彦。雪彦ってば」


 雪の積もった冬のある日のこと。俺は山へ猟に出掛けた帰りに、小春に捕まった。


 いくら素っ気ない態度を取っても、コイツだけは話しかけてくるんだよな。


「何か用か?」

「もう、用がなきゃ声かけちゃいけないの? 雪彦、最近いっつも山に行ってるよね」

「俺は猟師だ。山に行くのは当たり前だろ」

「そりゃあそうだけど。冬の山は危ないから、ほどほどにしておいた方がいいよ」


 小春が言いたいことはわかる。

 じいちゃんも冬山で亡くなってるし、村の連中は化け物が出ると言って山を恐れているもんな。

 けど。


「俺は平気だ。話はそれだけか?」

「待ってって。雪彦、最近変だよ。あたしのこと避けてるでしょ?」


 そう言って小春は、服の腕を掴んできた。


「触るな!」

「きゃっ!」


 振り払うと、小春は地面に尻餅をつく。

 しまった、やりすぎた。


「ごめん、大丈夫か?」

「いたた……って、あたしより、あんたこそ大丈夫なの?」

「何がだよ?」

「だってあんたの腕、まるで」


 ユ キ ミ タ イ ニ ツ メ タ イ ヨ


 ──っ! まただ!


 嫌なことがあったり、感情が爆発すると何故か冷たくなっていた俺の体。

 だけど最近は何もなくても、いつも雪みたいに冷たくなってる。


 くそ、だからお前を避けてるってのに、どうして触ってくるんだよ。

 もし俺に触れて、凍っちまったらどうするんだ。


「雪彦。ねえ雪彦ってば」

「……関わるな」

「えっ?」

「もう俺に、関わらないでくれ!」

「ちょっと雪彦!?」


 小春に背を向けて、俺は逃げるように家に帰った。


 もう小春に会っちゃいけない。

 一緒にいたらこの訳のわからない力で、アイツを傷つけてしまうかもしれねー。


 俺は、化け物だから。



 ◇◆◇◆



 小春に会わないと決めた次の日の夜。俺は山小屋にいた。

 じいちゃんが命を落としたという、あの山小屋に。


 真冬だと言うのに、囲炉裏に火もつけていない。

 つける必要なんてねーよ。だってちっとも寒くないから。


 それよりも大事なのは、ここに来た理由。

 ここなら奴に会える。何故かそんな気がしたから来たんだ。


 すると不意に、小屋の戸が開かれた。


 ──来たか。


 開いた戸から、吹雪が吹き込んでくる。

 そして中へ入ってきたのは、白い服を着た女の人だった。


 初めて見る顔。

 いや、どこか懐かしい感じがする。

 するとその女は、ゆっくりと口を開いた。


「雪彦、大きくなって」


 瞬間、俺は本能でその人が何者なのかを悟った。


「あんたが、俺の母さんなのか?」


 女の人……母さんはコクリと頷く。

 やっぱり。そんな気がしたし、ここに来れば会える気がしたんだよ。

 けど俺は、親子の再会をしたくて来たわけじゃない。


「なあ、あんたは……と言うか、俺はいったい何なんだ? 何でこんなことができるんだよ」


 そう言って俺は、囲炉裏にあった炭を一つ手に取って力を込めた。

 すると途端に、その炭が凍りつく。


 こんなこと、普通の人間にはできない。


「雪彦。あなたも感づいているでしょう。私は人間ではありません。雪女と言う妖怪です」


 やっぱり。

 親父は母さんのことを多くは語らなかったけど、村のやつらの噂や微かに残っている母さんの記憶で、そんな気がしてたんだ。

 それじゃあ、その子供である俺も。


「俺も、妖怪なのか?」


 尋ねると、母さんはゆっくりと頷く。


「そうあなたは私の妖力を受け継いでいます。ですが……」

「ふざけるな!」


 俺は叫ぶと、母さんに掴みかかった。


「どうして俺を産んだんだ。この力のせいで、俺がどれだけ苦しい思いをしてきたか」

「雪彦……」

「じいちゃんも、あんたが殺したんじゃないのか? あんたは山の化け物だからな」

「仕方がなかったのです。私は人間を凍らせて生気を吸い取ることで、生き長らえる妖怪。生きるためには、そうするしかなかったのです。でも……」


 母さんはとても、悲しい目をする。


「おの吉さん……あなたのお父さんを殺すことはできなかった。そして一緒に暮らすようになって、あなたが生まれて。それからはもう、人は殺めないと心に決めました。何の罪滅ぼしにもならないというのは分かっています。ですが……うっ!」

「母さん!?」


 突然ぐらりとよろめいた母さんを、俺は受け止める。


「どうしたんだよ?」

「私の命は、もう長くはありません。長い間人間の生気を吸い取っていないから、そのつけが来たのでしょう。けどその前に、あなたに会えて良かった。雪彦、よく聞きなさい。あなたも私と同じように、人間の生気を吸い取ることで、おおよそ人では不可能な長い時間を、生きることができます」

「──っ! それは俺に、人間を食えって言ってるのか?」 


 すると立ち上がった母さんは、真っ直ぐ目をあわせてくる。


「そうではありません。どう生きるかはあなた次第です。妖怪と人との間に生まれたあなたは、生気を吸い取らなくても人と変わらないだけの寿命があります。無理に吸い取らずに、人として生涯を全うしたいのなら、そうしなさい」


 言われなくても。誰かの命を食らって生き長らえるなんて真っ平だ。

 生きるために魚や獣を食べるのは仕方がない。けど人間を食うのは、許されることじゃないからな。

 でも。


「俺は怖いんだ。そのつもりはなくても、いつか抑えがきかなくなって、誰かを食ってしまうんじゃないかって気がして、不安で仕方がないんだ」


 食らう相手は、親父かもしれない。俺達のことを蔑んでいる、村のやつらかもしれない。

 だけど何より怖いのは、小春を食らってしまうかもしれないってこと。


 唯一俺に優しくしてくれた女。

 もしもアイツを食らってしまったら、俺は……。





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