雪女の子

無月弟(無月蒼)

第1話


 家族の話をしよう。


 俺の家は代々猟師をやっていて、親父もじいちゃんもみんな猟師。暑い日差しの照りつける夏でも、雪の降るような寒い冬でも、山に入っては獲物を狩って暮らしている。


 親父もじいちゃんも腕利きの猟師で、村では狩りの名人だなんて、言われていたらしい。

 けどある冬の日、山に入ったじいちゃんが、命を落としたそうだ。


 と言ってもこれは、俺が生まれる前の話だから、詳しいことは知らねえ。

 その日親父とじいちゃんは山に入って、いつものように狩りを終えて戻ってくるはずだった。

 だけど途中で吹雪いてきて、山で一晩過ごし、村に戻ってきたのは親父一人。

 じいちゃんは吹雪の山の中で、帰らぬ人となった。どうやら寒さで、凍え死んでいたらしい。


 けどその事について、村の人達は疑問を持っている。

 山を知り尽くしていたじいちゃんが、そんな簡単に死ぬだろうか。

 それにじいちゃんの遺体があったのは、実は山小屋の中だったんだ。


 寒さをしのぐため、囲炉裏で火を暖をとっていた形跡があったから、普通なら凍え死ぬはずがない。

 現に同じ山小屋で一晩明かしたはずの親父は、風邪ひとつひかずに戻ってきた。

 なのに、じいちゃんだけが凍え死んだとはどういうことかって、村の人達不思議に思ったらしい。


 けどいくら問いただしても、親父は何も分からないの一点張り。

 あまりに何も語らないものだから村人の中には、親父がじいちゃんを小屋の外に閉め出して死なせたんじゃないかって言うやつもいて、親父はだんだんと、村の中で孤立していった。


 酷い話だよな。親父はじいちゃんと二人暮らしで、たった一人の家族を失ったってのに。


 だけどそんな親父に、ある出会いが訪れた。

 じいちゃんが死んだ次の冬に、道に迷った女の人が、うちに訪ねて来たらしい。

 親父はその人を泊めてあげたんだけど、そのまま一緒に暮らすようになって、やがて俺が産まれた。


 親父が言うには、母さんは優しくて気立てがよくて、自分にはもったいないくらいのできた人だったそうだ。

 て言っても、俺はそんな母さんのことをよく知らない。

 だって母さんは俺が物事をつく前に、家を出て行ってしまったから。


 どうして出て行ったのか聞いたことがあるけど、親父はただ一言。


「約束を破った、俺が悪かったんだ」


 結局、何があったのかは全然わかんねー。

 けどそんなわけで、うちには母さんはいなくて、親父と二人暮らしをしている。

 ただじいちゃんがおかしな死に方をして、母さんが出て行ってしまったこともあり、俺も親父も村の人達によく思われていない。

 今では完全に、村八分にされちまってる。


 俺も村の子供から色々言われる事があるけど、もう慣れた。

 村八分にされようといじめられようと、ここで生きていくしかないんだ。割りきっちまえば、案外楽なもんだ。


 そう、思ってたんだけど。


 ある秋の日のこと。村の中を歩いていると、いきなり石をぶつけられた。


「見ろよ、雪彦だぜ」

「祟られ家の雪彦だ」


 見るとそこには村の悪ガキ達が三人、ケラケラ笑っている。

 俺は無視を決め込んでその場を去ろうとしたけど、悪ガキ達は追ってきて、俺を囲んだ。


「おい、なんか言ってみろよ」

「口もきけないのか、この呪われっ子」


 口々に罵っては、落ちていた棒切れを拾って俺を殴ってくる。


 ──やめろ。


 ──放っておいてくれ。


 ──俺を怒らせるな!


 パキンッ!


「うわっ!?」


 俺が悪ガキの一人を睨み付けた瞬間、そいつが持っていた棒切れから手を放した。


「な、なんだよこれ?」


 落ちた棒切れを、まじまじと見る悪ガキども。

 棒はまるで、真冬の雪の中にでも埋められていたように、カチカチに凍りついた。


 ──しまった。


 凍った棒切れを見て、俺は慌てた。

 またやってしまった。そう思ったその時。


「こらー、あんたたちー!」


 道の向こうから血相を変えて、こっちに駆けてくる女の子が一人。

 あれは、小春だ。


「あんたたち、また雪彦のこといじめてたでしょ。さっさと失せなさい!」

「待てよ。今そいつ、妙なことを……ぐえっ!」

「失せろって言うのが聞こえないの?」


 拳を顔面に受けた一人が地べたに横たわり、小春はまるで鬼のような形相で、悪ガキどもを睨み付けている。


 怖っ! 小春怖っ!


 すると悪ガキどもは、一目散に逃げて行った。


「まったくあいつら、悪さばかりするんだから。冬彦、大丈夫だった?」

「あ、ああ」


 小春とは幼馴染みで、村の子供の中で唯一俺をいじめてこない、変わった女の子。

 そして強い。いじめられている俺を守るため、よく拳をふるって悪ガキどもをぶっとばしてくれるんだ。


「ありがとう、俺は平気だよ」

「でも、ケガしてるじゃない。早く手当てを……」

「いや、いい。俺、急いでるから」

「あ、待って!」


 小春が呼び止めたけど、俺は振り返ることなく駆け出した。


 頭に浮かぶのは、さっきの凍りついた棒切れ。

 俺の体は、変なんだ。嫌なことがあったり、感情が爆発すると、体が冷たくなって周りのものを凍らせてしまうんだ。


 なんだ。

 なんなんだよこれは?

 こんなのまるで村に伝わる、冬山に出るって言う化け物じゃないか。


 村の近くの山には、恐ろしい化け物が住んでいるという噂がある。

 山に迷い込んだ人を凍らせて殺してしまうという、恐ろしい化け物の噂が。

 中には俺のじいちゃんも、その化け物に殺されたんだと言ってるやつもいるけど、真相は分からない。


 その化け物は鬼のように恐ろしい姿をしているっても言うし、綺麗な女の人だと言う話も聞く。


 そして前にこの力のことを親父に打ち明けたら、こんなことを言っていた。


『母さんがいてくれたら』


 どうしてそこで母さんが出てくるのかは分からなかった。

 親父はそれ以上は何も言ってくれなかったしけど、いったい何だって言うんだ。


 出ていった母さんに会えば、何かわかるのか?

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