第3話

「ちょっと待った──っ!」


 その時、突如小屋の戸がガラリと開いた。

 何事かと思って見ると、なんとそこには小春がいたのだ。


「小春!? お前、どうしてここに?」

「あんたが山に行ったって聞いたから、連れ戻しに来たのよ! 最近様子が変だった気になってたけど、何やってんの!」


 俺は呆気にとられ、母さんは小春に声をかける。


「あなた、雪彦のお友達?」

「はい。話は全て聞きました。あなたは、雪彦のお母さんですね」

「ええ。それであなたは雪彦を、どうしたいの?」

「決まってます村に連れて帰るんです」

「は? ちょっと待て!」


 何勝手に決めてるんだよ。


「今の話、本当に聞いてたのか? 俺は人間の生気を吸い取る化け物なんだぞ」

「吸い取ることができるってだけで、吸い取ったことなんてないじゃない。あんたはそんなこと、できる奴じゃないでしょ。試しにあたしの生気を、吸い取ってみる?」


 グイと顔を近づけてくる小春に、思わず圧倒される。

 コイツ、本当に分かって言ってるのか?


「そんなことできるかよ。けど、心配なんだ。きっと俺は、この力を抑えられなくなる。そうしていつか、お前まで襲ってしまうかもしれない。そう思うと、どうしようもなく怖いんだ」

「何よそれ……」


 怖がっているのか、それとも怒っているのか、わなわなと肩を震わせる小春。

 そして。


「はっ!」

「ぐあっ!?」


 小春の鉄拳が、俺の腹にめり込んだ。

 床に倒れた俺を小春は鋭い目でにらみ、母さんも呆気に取られている。


「あんたが襲ってきたところで、あたしが負けるか! あんたあたしに、一度もケンカで勝ったことないでしょーが!」


 馬乗りになって胸ぐらを掴んでくる。


 確かに。俺に限らず、村の男で小春に勝てる奴なんていない。

 ガキの頃ならまだしも、成長して体力がついたらそれも変わってくるだろうと思っていたけど、小春は十五になった今でも、村最強の座にいた。


「抑えられなくなったら、代わりにあたしが何とかする。村の人達がなんか言ってきても、あたしが黙らせる。だから、戻ってこい!」


 胸ぐらを掴んだまま、俺をぐらぐらと揺らし、言いたいことを言う小春。

 するとそれを見た母さんが、クスリと笑った。


「雪彦、どうやらあなたの負けのようですね」

「母さん……」

「良かった。あなたの居場所はちゃんとあったのですね。小春さん、子供を置いて出て行った冷たい母親の勝手な頼みですけど、どうか雪彦のことを、よろしくお願いします」


 母さんはどこか安心したような笑みを浮かべながら、雪の降る山の中へと消えていった。


 それにしても小春、無茶苦茶だ。

 俺を追いかけて、危ないって言われている冬山に来て。その上あんな話を聞かされてなお、戻って来いだなんて。

 けど、嬉しかった。


「それで、返事は? 戻るの、戻らないの?」

「もちろん戻るよ。断ったってどのみち、首に縄つけてでも連れて帰る気だろ」

「当たり前よ」


 まったくコイツは。

 乱暴でお節介で、だけどいつも俺のことを支えてくれる幼馴染み。

 俺は冬山の化け物と言われた、母さんの子だけど、側にいても良いんだな。


 ならもう、迷うことはない。村に帰ろう。

 居場所をくれた小春の隣で、俺はこれからも生きていくんだ。



   了

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雪女の子 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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