第11話七城――バトル――

丑三つ時、夜の底に紛れて港に7つの人影が現れた。

大きな3箱の木箱を荷車に乗せて運んでいる。

1人がそれを監督しているようだった。監督しているのはどうやら、梶山清隆のようだ。


その木箱の大きさからすると、子供が10人ほど座って入れそうだった。

こんな時間にこっそりと荷積みしているとなれば、中身が何であれ他人に知られるとまずいものであることは確かだ。


中身が何か確認したいが、応援がまだ到着していない今は――助けを待っている子供があの中にいるかもしれないが、ただ見ていることしかできない。

晴翔は何もできない自分が歯痒かった。


その時梶山の屋敷から剣のぶつかる音が響いてきた。

晴翔と律は目配せすると、木箱の影から飛び出して音のする方へ走った。


伊織と颯真は屋敷から運び出された木箱に集中していたため、刺客たちに気づくのが遅れ、気が付いた時には取り囲まれてしまっていた。


「まずい!颯真、刺客だ!大佐たちが来るまで耐えろ!」伊織が叫んだ。

「了解!」

彼らは必死に剣を振るが刺客は12人、圧倒的に劣勢だ。


颯真の肩に剣が突き刺さった。焼けるような痛みを感じた。

傷を負った颯真を伊織が庇った。刺客は伊織の注意が左側に逸れたのを見定めると、剣で伊織の脇腹をえぐった。


これまでかと思った次の瞬間、晴翔と律を目の端に捉えた。

晴翔と律は集団の中心に一気に進み出ると、傷を負った彼らを庇うようにして立った。


頼もしい助っ人が来たことで、伊織も颯真も消沈していた闘志を再び呼び覚まし、剣を持つ手に精魂を込めた。

晴翔の凄まじい殺気に刺客は一瞬怯んだが、隊列を組みなおした。

強敵だろうと判断した刺客たちが晴翔側に移動する。


律は自分が強敵だと思われなかったことに少々がっかりした。敵の首をめがけて刀を振り下ろし機先を制した。刀を翻して振り上げ敵の腕を切り落とす。

2人の刺客は反撃する間もなく血を吹き出し倒れた。

敵の肩に手をつき飛び上がると、颯真に突き出された剣を空中で薙ぎ払って彼の前に降り立ち、刺客の首を切り落とした。

姿勢を低く構えて刀を水平に持ち、伊織側へ半円を描きながら移動すると一面が深紅に染まった。4人の刺客が腹から血を流し倒れた。


〈込田〉で刺客に襲われたときは暗かったし、離れていたので気が付かなかったが、律の目が黒くなっていることに颯真は気づいた。やはり妖術を使っているのだと確信した、でなければ人間がこんなに素早く動けるはずがない。


あっという間に刺客たちは劣勢に追い込まれていく。晴翔ではなく律を警戒すべきだったと気づいた時にはもう遅い。

残った5人が律を取り囲むと機に乗じたかのように、刀を目にも留まらぬ速さで振るって一掃した。


梶山の屋敷から剣を抜いた男たちが走り出てきて晴翔たちに向かってきた。


港で積み荷の監督をしていた梶山清隆が、木箱を船に積んでいることを見られてしまったので晴翔たちを殺せと命令したのだろう。

「晴翔はその2人を守って!」律は駆け出して敵陣に突進していった。


律が兵士の腕を蹴りあげると持っていた剣が宙に飛んだ。それを律は飛び上がって左手につかんだ。

姿勢を低くし右手に持った刀を一振りすると、まとめて2人の足を切り落とした、足を切り落とされた兵士は叫び声をあげ、倒れてのたうち回った。

左手に持った剣を突き出すと、勢いよく3人を串刺しにして引き抜いた。両の刀剣を交差させて同時に振り下ろし、剣を突き出した4人の腕をまとめて切った。

刀剣を翻すと両脇に広げ振り上げると6人の兵士が血しぶきと共に倒れた。

あたり一面が血の海だった。


屋敷からまた1陣の兵士たちが賭け出てきた。先ほどの若い兵士たちよりも鍛え上げられているようだった。


(これではきりがない、退却すべきか)


晴翔がそう思ったその時、目の前に白く光る稲妻が走った。稲妻を放ったのは夜陰に青白く光る1匹の蝶だった。


電信を受け取った悠成たちは〈込田〉から船に乗り、七城の港まで行くのは危険と判断して隣町で船を降りた。

隣町から馬にまたがって全力疾走してきた悠成、光輝、慶、奏多が蝶と共に今到着した。


へとへとになった馬から降りると、晴翔と一緒に伊織と颯真を庇うように立ち剣を構えた。


蝶が放った稲妻に当たった兵士は、まる焦げになってバタリと倒れピクリともしなかった。

晴翔、伊織、颯真が口を揃えて言った。「――たしかに『ひとたまりもない』」


晴翔たちに近づこうとする兵士たちは、まず蝶が放つ稲妻を突破しなければならず、随分と余裕ができた晴翔は律を見た。


さすがは律だと感服した。刀と剣を同時に振るうものなど見たことがない、何故剣を左手に持ったのかと聞けばきっと平然と『そこにあったから』と言う答えが返ってくるに違いないと思い嬉しくなった。彼のそんな痛快で機知に富んだところが好きだった。


その時、屋敷から地を揺らすほどの爆発音が耳をつんざいた。


それに続いてあちこちで爆発音が鳴り響く。

あっという間に屋敷は崩れ落ち、炎が轟々と燃え上がっていた。

敵の兵士たちもその場に呆然と立ち尽くした。


屋敷が焼け落ちたことで士気を失ったのか――元々雇われの傭兵が多いようだこれでは報酬がもらえないと思ったのか、敵の兵士たちは剣を地面に落とし降参した。


晴翔が命令した。「悠成、慶、彼らを縛れ」

悠成と慶が降参した数十人の傭兵を縄で縛った。


まだ火の手が回っていない屋敷の端から人が這いずり出てきた。

晴翔はそちらを警戒したが、律は悠揚迫らぬ態度で近づいて行った。つまずき倒れた人に手を貸して立ち上がらせると背中に背負った。

這い出てきた一団を律が先導して戻ってくると、晴翔にも彼らが無害だと分かり剣を鞘に納めた。


その一団は、屋敷の使用人だった。

律が背負っていたのは、15歳くらいの少年で足に怪我をしていた。

その子供を安全なところに座らせてやると、少女の前に膝をついた。

彼女の足元には真っ白な子猫が寄り添っていた。その少女は先ほどの日葵だった。


律の瞳は薄い紫水晶色に戻っていた。「君がみんなを助け出してくれたのかな」

「うん」日葵がはにかんだ。「これ、探してた物でしょう?」律に招き猫を渡した。

「ありがとう、とっても助かったよ」

律を助けることができたと知り、少女は心を弾ませ得意満面の表情を浮かべた。


「伊織君、座って」律は小さな木箱の中から何かを取り出した。

光輝に支えられて立っていた伊織が座った。

「怪我を診させてね」律は伊織の服をめくりあげ血を流している脇腹を露わにすると、木箱から取り出したものをそっと置いた。


緑青色ろくしょういろに怪しく光る虫が伊織の腹を這った。

伊織は脇腹に置かれたその虫が、傷口から体内に入ってきた瞬間泡を食った。

「うわっ⁉」

叫び声をあげ思わず払いのけようとした伊織の腕を律が押さえた。「落ち着いて、君の傷を治すだけだから」


側で奏多に支えられて立っていた颯真は、奏多と仲良く後退りした。


伊織はなす術もなく虫を見つめた。「うう、これはなかなか気持ちが悪いし、痛いのですが、虫がどうやって傷を治すのですか?」

「死出虫の一種だ。切れた血管を体液でつなぎ合わせてる、すぐに終わるからちょっとだけ耐えて」律は小刻みに震える伊織の手をしっかりつかんでやった。


血がドクドクと流れていた傷口は、1分もしないうちに塞がり血が止まったのを見て伊織の目が点になった。「血が止まったみたいです。虫には感謝しますが、血管をつなぎ合わせたのが虫の体液だってことは考えないようにします」

「同感だ」虫が律の手の中に戻っていくと、今度は傷口に葡萄色の鉱物をかざした。


「それは石ですか?」伊織はキラキラと輝く律の手のひらほどの大きさの石に目を奪われた。

「うん、そうだよ、凄く綺麗だよね、川を歩いてて見つけたんだ、傷を早く治す効果がある」

その石が淡く光った。

「焼けるような痛みが消えて、温かくなった気がします」

律が伊織の脇腹にかざしていた石を離した。


伊織は脇腹を覗き込んだ。「え⁉傷が無くなってる、跡形もない!」


恐る恐る覗いていた悠成、光輝、慶は揃って目を丸くした。

光輝が驚きの声を上げた。「早く治す効果がある石だからって、これは早すぎるだろ」

悠成が律に訊いた。「もしかして妖術使いました?」

「うん、この石には術をかけてるよ、もともとこの石には癒しの効果があるようだから丁度いいと思って造ったんだ、傷が早く治るようにね」

晴翔は感心した。「君は何でも造れるんだな」

律が照れて笑った。全身血みどろだと少々不気味だった。


同じことを颯真にしようと律が近づいていくと、奏多の腕を振りほどき、顔に恐怖を滲ませてじりじりと後退りした。


律がニヤニヤと笑った。「逃げないでよ颯真君、傷を治してあげるだけだから、ほらこっちにおいで」

「俺は大丈夫です、大した……傷じゃない……」颯真は顔を引きつらせて笑顔を繕って逃げようとしたが、いつの間にか颯真の背後に立っていた晴翔に腕をつかまれた。


「治してもらえ」晴翔もニヤニヤと笑っていた。

晴翔に言われたからには颯真は観念するしかなかった。「こんなの……横暴だ……」

虫が自分の体の中を這う光景なんて絶対見たくないと思い、目をギュッと瞑り視界を塞いだ。それでも触覚を防ぐことはできず、虫が肌を這う感覚が脳に伝わると気が遠くなりそうになった。

不快さに全身が総毛立つと思わず律の腕をぎゅっとつかんだ。


始終目を瞑って耐えていた颯真は「終わったよ」と言う律の声に、恐る恐る目を開けると本当に傷口が消えていた。

つかんでいた腕をパッと離すと、今度は顔を赤くして「ありがとうございます」と呟いた。


「2人とも血をいっぱい失ったからこれを食べて、ちょっと大きいけど噛まずに飲み込んだ方がいいよ」律が伊織と颯真に赤い球を渡した。

颯真はそれを大事そうに両手にのせた。「これもしかして、精霊がくれた木の実ですか?」

「そうだよ、血を失った2人に必要なものだったようだね」

「木の実のように見えますけど、何の実でしょうか?」伊織は赤い球をしげしげと見た。


律が憐れみの表情を浮かべた。「ただの赤い木の実だと思うよ――」

その表情を見て伊織は眉をひそめた。「その顔はこれが木の実じゃないということですね……そして知らないほうが身のためだということですね」

律は何も言わずに肩を竦めた。


伊織は赤い木の実のようなものを、思い切って口に放り込んで飲み込んだ。

様子を伺っていた颯真は、何事も起きなかったので安心して口に放り込んだ。


――声にならない悲鳴を上げた。


「ああ、かじっちゃったね、すごく喉が痛いだろう?でも吐き出さないで、全部飲み込んで」律がのたうち回る颯真に馬乗りになって、鼻と口を押え吐き出させないようにした。晴翔は暴れる颯真の肩を押さえつけた。


颯真は涙を流しながら飲み込んだ。

ひとしきり咳をした颯真が律に文句を言おうとしたが声が出なかった。

「ん……………………」


「1時間くらい声が出なくなるけど問題ないから」怯えている颯真を律がクスクス笑った。

笑われた颯真は恨めしそうな顔を律に向けて地面にしゃがみ込んだ。


晴翔は2人が心配でたまらなかったが、無事だと分かるとやっと安堵した。

晴翔が囁いた。「あれは何だったんだ?」

律も囁いた。「精霊にしか探せない場所に生えてる木になる実だよ」

「だけどさっき君は……」

「俺は何も言ってないよ、伊織君が勝手に勘違いしただけ」律がいたずらっぽく笑った。

伊織と颯真を盗み見て、晴翔も笑った。


悠成は轟々と燃えている屋敷を見た。「どうして爆発したんでしょうか」

律は足に怪我をした少年の手当てをした。「刺客たちの最終手段だったんだろう、俺たちが招き猫を回収しちゃって、目当ての人間を殺せなかった時のために用意していたんじゃないかな、それが何かの拍子に爆発したんだろう」


伊織ががっくりと肩を落とした。「屋敷をずっと見張っていましたが爆弾を仕掛ける人物を発見できませんでした。刺客にも囲まれてしまって完全に私の落ち度です」

晴翔は伊織の肩を叩いた。「お前が気がつかなかったのなら、爆弾は今日よりもっと前に仕掛けられたものだろう」

律が言った。「刺客に囲まれたのも伊織君の落ち度じゃないよ、刺客が近づいているのに紬が気付かないはずがない。彼らには気配を消す術がかけられていたんだ。きっと〈七城〉に入った時から見張られていて隙を見て襲ってきたんだろう。だから伊織君の落ち度じゃないよ」


首にすり寄ってくる燕の頭を伊織は撫でてやった。「君は何も悪くないよ。守ってくれてありがとう」

「船があとどのくらいで着くか確認しろ」晴翔が伊織に指示した。

「はい、承知しました」


律は少年の手当てを終えると、晴翔と揃って港に戻った。

港に運ばれた大きな木箱は、1つが船の上で、2つがまだ港に置いてあった。

「開けてみよう、律はそっちを持ってくれ」

2人は木箱の蓋を持ち上げた。


予想通り子供たちが10人ほど詰め込まれていた。

「なんてことだ、すぐに出してやるからな」晴翔は怯えた子供を抱え上げて外に出してやった。

港に立ってこちらの様子を心配そうに伺っていた日葵を見つけると、子供たちはそちらに駆けだした。

律が言った。「日葵ちゃんと子供たちは仲良くなっていたみたいだね」


全ての木箱を開けて、全員を外に出してやった。

年端もいかない幼い子供たちは怯えていたが、日葵が子供たちに何か話しかけて落ち着かせた。


晴翔は浮かない顔をした。「今までにどれだけの子供が売り飛ばされたんだろうか」

「あの子供たちは救い出せた、今日のところはそれでよしとしよう」律が晴翔の腕をさすった。


港にやってきた伊織は、痩せ細りボロボロの着物を着た大勢の子供たちを見て、どうしてこんなに非道なことができるのかと悲嘆した。

「罪のない子供にこんなことができるなんて、人とは思えない――船は2時間ほどで到着するそうです」晴翔に報告した。


晴翔が空を見上げると一面に輝く星が瞬いていた。

「とりあえず――100人くらいいる使用人たちと子供たちを休ませる場所が必要だからこの船に乗せよう」

「はい」伊織は港にしゃがみ込んでいる人々を、船上に誘導するよう部下に指示を出した。


梶山家の船は大きく100人が余裕で乗れた。やっと使用人たちと子供たちは人心地がついた。

伊織は悠成、光輝、慶、奏多を外の見張りに立つよう指示し、自分と颯真は船上の見張りに立った。


晴翔は後のことを伊織に任せて先を急ごうかとも思ったが、律に目を向けると瞑想していたので、あんなに人を切ったのだから疲れているのだろう、自分も先ほどの戦いでかなりの力を使い疲弊していると認めて、一緒に黒岡軍の船を待つことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る