無名1

@tinnpeti_etti

第1話

 人は誰しも人には言えない秘密を持つものだ。


それが、たとえ同じ屋根の下に住む人であろうと・・・


 駅があり、学校があり、商店街がある、そんな街の住宅街には、これといった特徴もな


い一軒家があった。


ただし、一つだけ周りとの違いを上げるとするのなら、その家の住人達は家族ではなく、


他人同士である点だろう。


そんなシェアハウスでは、話し声が響いていた。


二階から降りて来る音を聞きつけた沙織は、階段の方へと目を向ける。


「おはようございます。灰斗さん。」


「ああ、おはよう。」


その声を聞きつけた灰斗は、乱れたままの髪を片手で抑えながら、挨拶を返す。


その流れのまま、隣で食事をしていた優子にも声をかける。


「おはよう。」


「おはようございます。」


優子は挨拶を終えると、食事を再開する。


灰斗はあたりを見回し、気づいたことを口に出す。


「あれ?黒川と切戸は?」


沙織は、やや困ったような表情を浮かべ、「それが、部屋から出てきてくれなくて。」と話


す。「そうか、いつか全員で食べられるといいんだが。」


「そのためのルールですからね。」


二人は目を合わせながら苦笑した。


「まあ、変わらないことは無いからな、気長にいこう。」


「そうですね。」


二人が話しを終えると、シェアハウスに響くのは食器のあたる音のみとなった。


灰斗の食卓には、コーヒーと昨日買ったパンが列ぶ。


パンによってもたらされた渇きをコーヒーで潤す。


そのパターンを何度も繰り返し、素早く朝食を終える。


席を立ち、玄関先で一服すると、今日も街へと向かっていった。


 シェアハウスを出た灰斗は、おもむろに駅の方へと歩いていく。


駅前の商店街の一角に古ぼけた3階建てのビルがある。二階の看板には[杉原探偵事務所]と書


いてあり、灰斗はその中へと入っていった。


部屋に入った途端、備え付けの電話が鳴り始めた。


「はい、杉原探偵事務所です。」


『もしもしー情報屋の立石ですが』


「立石か、それでなんのようだ?」


『ええっとですね、ご依頼の3年前の事件についてですが、目ぼしい情報はありません。です


が似たような怪事件がここ最近起きているようですね。詳しい情報はいまファックスで送りま


したので、見てください。』


送られてきた資料に目を通すと、(突如として現れた透明な壁のような物に、阻まれ先に行けな


くなる事件が今月で5回も発生した ね、どうやら調べるがありそうだ)


灰斗は事件があった場所へと向かうため、事務所を出た。


事務所から歩いて20分ほどの場所に、1つ目の事件現場がある。


今は通勤通学時間のため、人通りが多く、会社員や学生が急ぎ足で歩いていた。


(辺りを見ても《歪み》は見つからないか。やはり、特定の個人を原因とした《歪み》か。)


《歪み》は本来なら人に害を与えることはない、しかし人の感情と結びつくことで、この世界に


干渉できるようになる。


(事件が起きた場所5つをつなげると、全てこの近くの高校の通学路になるな。)


「高校に行くしかないか〜、面倒くさい。」


そう言いながらも、灰斗は目的の高校へと向かっていく。


 職員室に着信音が鳴り響く、一人の教師が廊下へと急いで出ていった。


「はい、水面です。灰斗さん、どうかされたんですか?」


「弥生。少し頼みがあるんだが。」


「はあ、一体何のようですか?早く言ってください。」


ため息をつきながら、続きを促す。


「いや〜ちょっと校門のところに来て助けてくれない?」


「はい?」


急いで校舎を出て、校門をへと向かう。


校門では、灰斗が警備員に止められていた。


近づいてきた弥生に気づいた警備員は、「水面先生どうかされたんですか?」と質問する。


それには答えずに質問する。「えっとそちらの男性は?」


警備員は少し戸惑いながらも答える。「いえ、校門の周りでうろついていたので、お止めしたんで


すよ。」その答えを聞いた弥生は、先程よりも深いため息を付きながら、「その人は、私の知り合


いなので通してもらえませんか。」と警備員に願い出る。


警備員は、少しの間考えたあと、「わかりました。」と了承し、灰斗を開放した。


弥生は灰斗を連れ、早足で校舎裏へと向かった。


「灰斗さん!何してるんですか!」


「弥生少し落ち着け。」


やや気圧されながらもなだめる灰斗を見て、弥生は「わかりました。でもこれから来るときは、必ず


連絡してください。」と仕方なしに半歩下がる。


「ああ、次からはそうする。それはそうと、頼みがあるんだが。」


少し顔をうつむかせながらも、灰斗の目を見ながら自分の予想を口にする。


「今度は一体何が起きたんですか?」


灰斗はその言葉に驚きを見せたが、途端に嬉しそうな表情に変わる。


「さすがは俺の元助手、話が早い。」


「やめてください、昔のことを掘り返すのは。」


まるで蚊でも払うような動作で不快感を顕にする弥生に、灰斗は傷ついたような表情になるが、すぐ


に皮肉げな表情を浮かべると。


「昔って、そんな昔のことでもないけど」


「とにかく!二度とその話はしないでください。」


「わかった、わかった。それで本題に戻るが、ここ最近街で起きている怪奇事件は知っているか?」


「怪事件?いえ、知りません。」


「そうか、ここ最近、道に突如として透明な壁が現れる事件が起きていてな、その事件にこの学校の


人間が関わっている可能性がある。」


灰斗の話しを聞き、弥生は顔を青ざめる。


「そんな・・・」「でも、うちの生徒の誰が関わっていると言うのですか?」


顔を近づいけて迫る弥生に対し、灰斗は首を振り、「俺にも分からん。だが、そいつを見つけるため


には弥生、お前の協力が必要だ。協力してくれるか?」


ぐっと拳を握りしめ、「もちろんです!」と答える。


それを聞いた灰斗は満足そうにうなずいた。


 翌日、明け方の日が登り切っていない時間に、3番目の事件現場には2つの人影があった。


そのうちの1つの人影が腕をさすりながら、もう一方の人影に話しかける。


「灰斗さん、こんなに朝早くじゃ生徒は通りませんよ。」


「いや、この3番目の事件だけは早朝に起きている。」


「なら、うちの生徒ではないのでは?」


灰斗は懐から紙を出すと、弥生に見せた。


「事件の全ては通学路で、ここを除けば登校時間帯に起きている、違うとは考え難い。」


「確かに・・・」灰斗の意見に納得はしていないが、同意した、弥生はふてくされたように横を向い


た。すると、一人の少年が目にとまった。「あ!灰斗さん!あの子、うちの生徒です。」


その声を聞き灰斗も振り向く。


「なに、そうかなら行くぞ弥生。」「はい。」


警戒されないようゆっくり近づき、弥生が声をかける。


「ちょっと君、少し聞きたいことがあるんだけど、今いいかな?」


「うお!びっくりした。あれ、水面先生?」


だが逆に近づいたこに気づかれず、驚かれてしまった。


「おはよう。たしか君はいつもこの道を通っている4組の江藤君だったね。」


「え、あ、はい、おはようございます先生。」


混乱しながらも、なんとか答えを返した江藤は、ふと疑問になったことを聞く。


「あの先生聞きたいことってなんですか?」


「ここ最近起きている事件について知っていることがあれば、おしえてくれない?」


やや悩んだ末に、「いえ、自分が通る道なんで、噂ぐらいは知っていますが、詳しいことは何も知りま


せん。あ、でも怪事件と言っていいかわかりませんが、教室が壊されることがありました。それも人と


は思えない力で壊されていて、誰も原因が分からないって話でした。」


それを聞いた弥生は、残念に思ったことを見抜かれないように笑顔で、「ありがとう。時間を取らせて


ごめんなさいね。」


「いえ、それではこれで。」そう言うと彼は学校へと向かっていった。


それを見送ったあと、弥生は後ろにいる灰斗に振り返り、「すいません。お役に立てなくて。」とうな


だれる。 「いや、かなり参考になった、ありがとう。」


「え!」「そ、そうですか。なら良かったです。」


灰斗の言葉に驚いたが、気を取り直し他の近くにいた生徒に聞き込みを続ける。


しかし、これといった成果も無く、登校時間が過ぎてしまった。


この結果に落胆する弥生だったが、「だいたい予想がついた。」という言葉を聞き目を見開く。


「一体どうやって!?」


「それについては、明日話す。」


「少し確かめたいこともあるしな。」


弥生は、「わかりました。」と返すと、自らも学校へと向かっていった。


 次の日の昼頃、灰斗は弥生のいる学校の前に来ていた。


校門に近づくと声がかかる。


「今日はしっかり連絡をしましたね。」


そう、からかい混じりに話しかけてくる弥生に灰斗は、「当然だろ」と自慢気に言う。


それに対し弥生は、「はぁ」と灰斗に会ってから何度目か分からないため息をついた。


場所を空き教室に変え、2人は向かい合う。


最初に口を開いたのは弥生だった。


「灰斗さん、そろそろ今回の事件の真相を教えてくれませんか?」


それを聞くと灰斗は、おもむろに話し始めた。


「まず始めに今回の事件には、この学校の人間が関わっている。これは理解しているな。」


「はい。」弥生は、やや不思議に思いながらも、うなずいた。


「だが、生徒の登校時間とは違う時間にも事件は起きている。」


「それはたまたま早く登校したからでは?」


弥生の反論に灰斗は、ついにこの事件の根幹と自らが考えることを明かす。


「いや、もっと単純なことだ。事件は"生徒"ではなく、"教師"によって起こされたということだ。」


「なっ、でも」「俺は、一度も生徒が関わっているとは言っていない。」弥生は、とっさに言い返そう


としたが、灰斗の言葉に遮られる。


「それに、ここ最近起きた教室が破壊される事件、これも夜に生徒が忍び込むより、先生がやる方が簡


単だ。」そこまで言うと灰斗は、1つ小さなため息をはき、話しを続ける。


「ここまで分かっていても、最後の"先生の中の誰なのか"が分らなかった。だから、昨日お前が家に帰


るのを付けさせてもらった。」


弥生は何言わず、真顔で灰斗を見つめていた。


「特に怪しい動きはしていなかった。ただ、お前の帰り道が全ての事件現場と完全に当てはまること以


外はな。」弥生は、怒るわけでもなく、否定することもなく、表情を変えずに灰斗に問う。


「どうして私が怪しいと思ったんですか?」


灰斗も、変わらぬ表情で答える。


「お前は、江藤という生徒に会ったとき、いつもこの道を通っていると言った。であれば、必然的に毎


日彼があの道を登校するのを目にしている。つまり、お前もまたこの道を通っていることになる。しか


し、俺がお前に事件のことを聞いた時お前は知らないと言った。なぜ隠すのか?その理由はただ1つ、


お前が今回の事件の原因だからだ。」


近くに有った椅子にゆっくりと座ると、タバコを吸い始めた。「私は、一人ひとりに寄り添える教師に


成りたかったんです。でも現実は個人を押さえつけ、集団として上手くまわるようにするのが教師の仕


事、そのギャップに苦しめられ、結果として《歪み》に付け込まれてしまいたした。情けない限り


です。」灰斗は弥生に近づくと、肩に手を置いた。


「水面弥生、お前は生徒を導く教師だ、たとえどれだけ悩もうと、生徒の前では堂々としなければなら


ない。そんな辛く苦しく、しかし大切な仕事だ、生徒はお前の姿から学ぶ、このことは、決して


忘れるな。」「はい。」


顔を上げもう一度灰斗の目を見て表情を変えずに返事をする。しかし、その目には涙が溜まっていた。





夕暮れの中、学校を出てシェアハウスの前に着いた灰斗は、ふと立ち止まり自らが住む家を正面に見つ


める。(相変わらず《歪み》が酷いな、流石は《歪み》の中心だけある。奇跡的にもバランスを取れてい


るが、いつ崩れてもおかしくない。ま、その時のために俺がいるわけだがな。)


家の中にゆったりとした足取りで入っていく灰斗、その後ろ姿が、ふと歪んだ気がした。

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