第21話 隠れ家

 健吾は森村宛の三百二十一万円の受領書を確かめると封筒に納め、ジャケットの内ポケットに入れた。


「ウチで終いですか」


「そう」


「じゃあこれで森村の借金はすべて完済という訳ですな」


「そうだ」


「あんたも変わった人だな。あんなヤツの借金を肩代わりするなんて。それともヤツの不動産でも押さえてるの?」


「いや」


「ふーん。じゃあ奥さんの方か。おそろしく美人だからな」


「違う。そんなんじゃない」


「へぇ、じゃあ何が目的なの。不思議だねぇ」


「おたくらに関係ない」


「まあね。ま、いずれにしても一括のご返済をありがとうございました。今後ともご贔屓に。あんたがお客なら喜んで融資するよ」


「あいにく俺は金に興味がない」


「だろうな」


 健吾は少し低頭して厳つい壮年の男の顔を見た。


「専務さん、ひとつ聞きたいんだが」


「なんだ」


「おたくら、本当は森村の居場所を知っているんじゃないのか?」


 男の厳つい顔が一瞬歪んだ。


「…まあな。もう用はないが」


 ――やはり。森村はこの連中に取り入り借金のカタに佐藤美穂を売ろうとした。


「教えてくれ」


「揉め事は御免だ。もう関りはない」


 用がない、関りがないならなぜ教えられない。個人情報保護に重きをおいているわけではあるまい。


「揉め事は起こさない。話がしたいだけだ。頼む」


 健吾は今度は深く頭を下げた。

 男はその健吾の頭をじっと見つめていたが、ふっと息を吐くとテーブルからタバコを取り、口に運んだ。すかさず若い男が火を持って来る。


「平田」


「はい」


 タバコに火をつけた若い男が返事をした。


「こちらさんを森村のところに連れて行ってやれ」


 健吾は顔を上げた。


「揉め事は無しだぜ。あんたが出てくるまでコイツを外で張らさせるからな」



*****



 森村拓哉の隠れ家は予想に反して近かった。車で一時間もかかっていない。そして車と言えばこれも予想外で、乗っている車は白の軽自動車であった。


「おたくらも軽に乗るんだな」


「みんながみんな黒塗りじゃありませんよ。それに黒塗りは目立つ。営業車向きじゃありませんからね。自分らは軽自動車です。かしら、あ、専務は黒塗りのベンツですがね。…そんなことより、もう着きましたよ。このマンションの105号室です。表札は出てません。…野崎さん、くれぐれも騒ぎは起こさないでくださいよ。自分の馘がかかってることを忘れずに」


「わかってるさ。話をするだけだ。ところであんた、名前はなんて言った?」


「平田」


「平田…何さん?」


「平田竜二」


「そう。竜二さん、ありがとう」


「見張ってますから。穏便に願います」


 健吾は車から降りるとその建物に向かった。比較的しっかりとした造りだが築年はかなり古そうだ。オートロック式の玄関なら厄介だと思っていたが、ここならそんなことはないだろう。


 105号室のドアの前に立った。表札はやはり無い。チャイムを押す。反応はない。何度か押したが鳴っている気配がない。健吾はドアをノックした。ノックしながら言った。


「平田だ。平田竜二だ。開けてくれ」


 中で人の動く気配があった。

 健吾はドアの覗き穴の死角に顔を避けた。

 しばらくしてチェーンを外し解錠する音が聞こえた。健吾はドアノブを両手でつかむと解錠と同時に思い切り手前に引いた。

 グレーのスウェット姿の男がたたらを踏んで出てきた。

 森村拓哉だ。

 

 ――変われば変わるものだな。


 ひと目見て健吾はそう思い、そしてこれは予想どおりであったことに落胆した。

 

(つづく)

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