第17話 おかしいのか?
林田かおりは町田かおりになっていた。先月に結婚したばかりだという。相手の仕事の都合でまだ同居はしていないらしい。
『林』を抜けて『町』に出たけどそこはやっぱり『田』んぼだった、と町田に姓が変わったかおりは笑って言った。
健吾は森村の件を話し、町田かおりに協力をお願いした。つまり『猪熊なる人物が訪ねていくがその人物は町田かおりが保証するので、彼の話を聞いてあげて欲しい』と佐藤美穂に伝える役目についてである。
町田かおりは健吾の話しを聞き終わると窓に視線を移し、しばらくぼんやりと外の風景を眺めていた。
「意外といっぱい喋れるんだね、野崎君って」
視線をテーブルに戻すとコーヒーカップを手に取り、町田かおりはそう言った。
「あの森村拓哉がねぇ…青天の霹靂ってやつだわ。事情は分かったし引き受けてもいいけど、でもあたし、下手すると
「それは…そう。でも、このままだと彼女は確実に不幸になる。俺には他に方法が見つけられないんだ」
「だいたいさ、そもそもなんで野崎君はそこまでしてサトミを助けたいの? 前から好きだったっていうのはわかるけど、だけど一千万円でしょ? 度が過ぎてるっていうか異常な気がする」
「助けたいって言うか、彼女が不幸になるのを見てられないって言うか。…彼女が幸せにしているのが俺の幸せなんだ、けど…これっておかしいのか?」
町田かおりはコーヒーカップをソーサーに戻し、健吾の顔を見つめた。
「そう思うのが間違ってるとかそういうことじゃないけど、行動は一般的ではないかな。人妻だし。…それでもこれを機にサトミと一緒になりたいとか言うなら道徳的にはともかくまだ理解できる気もするけど、むしろ知られたくないからってこういう計画を考えたわけでしょ。そこがね、わからない」
「だから…」
「サトミに負い目を感じさせたくないから、って言ったけどそれは野崎君がサトミにとって他人だからでしょう? サトミが離婚してもし二人が一緒になって家族になれたらサトミの負い目はなくなるんじゃない? そういう目論見っていうか…言葉が悪いか、気概っていうかさ、そういうのが無いからさ、わかる気がしないでもないけどやっぱ何かしっくりこないっていうか」
「その場合、彼女には負い目があるから一緒になった、とも考えられるよ。そういうのが一番イヤなんだ」
「…そうか。なるほど、それはそうかもね、本心が判断しづらくなるか。…ま、ま、ま、いいわ、わかった。引き受けるよ。もし疎まれてもサトミが闇金地獄に苦しんでるのを見るよりはマシだわ。まずは借金完済が第一。後のことはその後のこと。改めて考えましょう。ただ、そもそもサトミがそこまであたしを信頼してくれるかはわからないからね、言っとくけど」
「ごめん、ありがとう、リンダ。リンダに一番迷惑をかけることになる」
「なんもです。あたしもサトミを大切な友達だと思ってるから」
「うん、ありがとう」
「ちなみにさ、なんでそんな大金をスパッと出せるわけ? なんか副業でいっぱつ当てたとか?」
「いや、契約金。プロに入るときの契約金があったから」
「え? 使わないで貯めてたの?」
「貯めてたっていうか、あれは俺が稼いだ金じゃないから」
「へ?」
「契約金は球団からの期待料だよ。まだプロで一球も投げてないのにくれる金なんだから。でも俺はその期待には全く応えられなかった。だからあれは俺が稼いだ金じゃないんだ。自分のために好き勝手に使っていい金じゃない、って俺は思ってる。いずれ猪熊さんのNPOに寄付するつもりだったんだけど、こういう使い道があったのなら猪熊さんには悪いけど使わせてもらおうと思って。借金が二千五百万円以上じゃなくて良かったと心底思ってるよ」
(つづく)
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