第15話 ヤツ

 健吾は銀行で六百万円をおろすと二人の男が待つ『会社』の車に乗り込んだ。二人の男は固唾を飲むといった風情でもうなにも喋らなくなった。

 『会社』の事務所は繁華街の真ん中にあった。昼間の今は閑散としてうらぶれた街並みに見えるが、陽が落ちた途端にそこはネオンが輝く妖しい姿に変貌する。

 健吾がこの繁華街に立つのはおよそ十五年ぶりであった。なにも変わってはいない。いや、店は全部変わってしまったようだが雰囲気は変わっていなかった。なぜか健吾は微かに笑ってしまった。そんな健吾を気味悪そうに伺い見ながら、二人の男は事務所があるというビルの二階へ階段を上がっていった。


 二人の男は事務所の奥に消え、健吾は別の男二人に睨まれたまま玄関で待たされた。五分ほどして中に通されたが後ろからはくだんの男二人もついてくる。通された部屋は『上司』の執務室兼応接室のようで、こけおどしのデカいデスクに若いサラリーマン風の男が足を組んで座っていた。これが『上司』なのであろう。

 さすがにチンピラの風体ではないが普通のサラリーマンにも見えなかった。目付きが異様に鋭くそして妖しい。部屋には他に四人の男たちが立っていた。この手の連中は数と風体で人を威嚇する。中学や高校の不良でもチンピラでもヤクザでもそこのところは変わらない。要するに一人が怖いのだ。


「で、なんの御用でしたか?」


 上司の男がデスクから立ち上がり応接のソファーに座り健吾と対峙した。


「そこの二人から聞いてないのか?」


「いや、なんでも森村様の借金を肩代わりされたいのだとか」


「わかってるなら聞かないでほしいな、回りくどい。俺が森村の借金を払う。だから借用の契約書をここで破棄してもらいたい。もちろん森村宛の受領書も作っていただきたい。話はそれだけだ」


「あなた、何者です? 森村様とはどのようなご関係で?」


「俺が何者だろうが、おたくらは金が戻ってくればいいんだろ? それともおたくらみたいなところでも金の出所でどころが気になるのか。この金が盗んだものだろうと拾ったものだろうと臓器を売った金だろうと、おたくらには関係ないんだろ。綺麗な金だって確認できなきゃ受け取れないのか?」


「ずいぶんな言いようですね。しかし、まぁおっしゃるとおりです。こっちは金が戻ってくれば文句はない。おい、」


 上司の男が手を挙げると一人の男が書類と印鑑を応接テーブルの上に置いた。上司の男は冊子状になっている書類を健吾の前に差し出し、受領書に署名をして印鑑を捺した。

 健吾は帯の付いた札束を五個と十五枚の一万円札をテーブルに出して上司の男に押しやり、書類と受領書を手に取った。


「俺は法律なんてわかんないから、これで法的にも間違いなく返済が完了したことになるのか正直言ってわからない。おたくが最初ハナから騙すつもりなら俺は簡単に騙されてるんだろう。だから俺は信じるしかない。おたくがそんな人間じゃないって。…約束してくれ。借金の件はこれでお終いだ。金輪際、森村には近づくな。そう男の約束をしてくれ」


「はっ、任侠映画の見過ぎですよ、あなた。でもその約束は守りましょう。ただまた森村の方からこっちに近づいてきたら仕方がありませんがね」


「いや、森村が近づいてきても金は貸さないで欲しい。頼む」


「こっちも商売ですからねぇ。でもまぁ気を付けることにしましょう」


 上司の男はそう言いながらじっと健吾の顔を見つめた。


「あなたが森村の何なのかは知りませんが、あなたの男気に免じてひとつ情報をお教えしましょう。良い情報ではありませんがね」


「……」


「森村の借金はウチだけじゃぁありませんよ。ヤツは多重債務者です」


「……」


「本来ならこんなことは話さないんですがね。我々の業界は横の繋がりが密で情報がツウツウなのです。ウチの借金が完済されたという噂はウチが喋らなくてもすぐに広まります。あなた、狙われますよ。森村には金ヅルがあるってね。注意なさったほうがいい」


「…あと何社、あといくらくらいある?」


「は? あなたそれを聞いてどうするんです。…まさかそれも肩代わりする気じゃ」


「あといくらくらい借金があるんだ。知っているなら教えて欲しい」


「…さすがにそこまでは…。……二社、会わせて六百万円くらいと聞いてます」


「六百万円…。二社とはどこかわかるのか」


「そこまでは言えません。本来、私が知っていていい情報じゃありませんから」


「…そうか。ありがとう、恩に着る」


 健吾はすっと立ち上がると深々と頭を下げた。


(つづく)

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