第13話 異変
昨年の十二月。森村家の庭はクリスマスイルミネーションの光を失っていた。
二体だった雪だるまのイルミネーションが四、五年前には三体に増え、子供ができたことを想像させたイルミネーション。
毎年12月、この道を配送車で通るたびに健吾の目と心を楽しませてくれていた、トナカイと三体の雪ダルマと木の枝に這っていた色とりどりのイルミネーションが、去年はなかった。
闇に沈んだように見える森村の家に健吾は胸騒ぎを覚えた。
四月になっても森村の家に光は戻らなかった。毎年咲き誇っていた溢れるような花々が今年は見えず、春の陽を浴びながらもその庭は荒涼とした無残な姿を晒しているように健吾の目には映った。
車庫にはいカローラに代わって黒いアウディがとまっている。高級外車だ。
何かちぐはぐだ。
――なにかあったのだろうか?
健吾は配送車の速度を緩め表札を確認した。
『森村』の表札はそのままだった。
重い病気でも患っているのだろうか。
仕事がうまくいかなくなったのだろうか。
まさか、離婚してしまったのだろうか。
健吾は胸にぽかりと穴が開いたような気持ちに苛まれた。空いた穴に切なさと痛みが這い上がりどくどくと盛り上がって溢れ出しそうになった。
健吾は居ても立ってもいられなくなった。
健吾は次の土曜日は休むことにした。珍しい出来事に同僚たちが囃し立てた。
「いよいよデートですかぁ?」
「お休みして何をするのかなぁ?」
健吾は曖昧に笑ってそれらをやり過ごした。
――何をするのか。
健吾もわからなかった。とにかく森村の家に行ってみようとしか考えていない。訪ねるのではない。行くだけだ。それで何がわかるというのだろう。おそらく何もわかりはしない。それでも健吾は行かずにはいられないと思った。こんな気持ちでは家にもじっとしていられないし配送の車を走らせることも出来ない。
土曜日の朝。健吾は家を出た。森村の家まで歩けば二時間はかかる。健吾は走った。急いでいるわけではない。しかし気が急いてとても歩いてはいられなかった。走りながら健吾は考えた。もし佐藤美穂が家から出てきて会ってしまったらどうする。話しかけられるだろうか。話しかけていいのだろうか。いや、なにを話せばいいのだ。
去年はイルミネーションが無かったし、今年は庭に花が咲いてないから心配になって様子を見に来ました。そんなことが言えるのか。それではまるでストーカーのようじゃないか。そんなこと言えやしないだろう。だいたい彼女とはしゃべったこともない。上手に聞き出す話し方も知らない。…だったら何をしに行くのだ。答えは出ない。それでも健吾は走った。
森村の家が近づいてきた。健吾は走るのを止めてゆっくりとした歩調で歩いた。ここにきて少しの躊躇いがあった。自分の行動が異常に思えてきた。
ドンッ、ドンドンドンッ
前の道を通る車の騒音に混ざって重いものを落としたような、なにかを叩くような音が聞こえた。
健吾は反射的に身構え歩を進めると、森村の家の玄関を覗き込んだ。
玄関には背広を着た二人の男がいた。ドンドンと聞こえるのはこの男たちが森村の玄関ドアを乱暴に叩いている音であった。
二人の男は背広を着てはいるものの、明らかに健全な会社の社員でも訪問販売員でもなかった。その風体はチンピラそのものだった。
――どういう間違いだ?
これほど彼女に似つかわしくない風景はない。
健吾は門扉の前に飛び出し、男たちに静かに叫んだ。
「お前ら、なにしてる」
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます