第7話 告白
健吾は調子を落としていった。
秋季の県大会は三回戦で負けた。
身体に不具合はない。痛いところはどこにもなかった。
甲子園出場は夏がラストチャンスとなった。夏までにスキルを最大限に高めておかなければならない。長足の進歩はあり得ない。今から地道に基礎体力を鍛え投球に磨きをかける必要がある。集中力と根気と継続的な努力のいる作業だ。
健吾には不調の原因が分かっていた。無駄な感情の噴出を抑え切れず持て余しているからだ。佐藤美穂に対する無駄な感情。
いくら考えていてもこれはどうにもならない。解決策はひとつしかない。
彼女に気持ちを伝えることだ。
その結果に傷つくかもしれないし、唯一と感じている生活の光を失うかもしれない。しかしこれ以上このまま自分を放置しておくわけにはいかないと健吾は思った。
健吾は進学クラスのある校舎に向かった。向かいながら考えた。気持ちを伝えるといって、だがその気持ちとはなんだ?
好きということか。憧れということか。愛とか恋とかそういうことなのか。だからどうしたいのか。付き合いたいのか。付き合うとはどういうことなのか。
なにを伝えようとしているのか健吾にも整理はついていなかったが、それは佐藤美穂に会った時の感情に任せるしかないと彼は思い切った。
進学クラスの校舎には初めて入った。生徒たちが物珍しそうに健吾を見た。学園では健吾は野球部の有名人であった。
健吾は佐藤美穂のクラスを知らなかった。行けばわかるだろうと思って来たがそれは甘い考えだったようだ。奇異の目に晒されているようで居たたまれなくなった健吾は校舎を出ようとして踵を返したが、その目の前に
「野崎くん、珍しいね。どうしたの?」
健吾は言葉に詰まった。咄嗟に言い逃れが言えるほど彼は口が上手くない。
「こっちになんか用ってあったっけ? あ!あたしに会いに来たとか?」
「いやっ違う」
「なによ、そんなソッコーで否定しなくてもわかってるわよ、冗談よ。で、どうしたの? 誰か探してんの?」
「さ、佐藤美穂って何組?」
「
「拓也?」
「森村拓哉。吹奏楽部の部長。知ってるよね、知らない? 佐藤美穂と付き合ってんの。もう熱々よ。同じ大学を目指すんだって。もうホントに仲良いわ、あの二人」
「ああ、そう」
「サトミに何の用だった? あたしが伝えておこうか?」
「あぁ、いや、いい。また来る」
健吾は僅かに笑うと廊下を歩き出した。
「今日、練習は?」
「行く」
進学クラスの校舎を出て健吾は走った。
練習には遅れていくつもりだったが、この時間ならまだ間に合う。
健吾は走りながら自分が全く傷ついていないこと、嫉妬も気落ちもしていないことに気付き少し驚いていた。いやむしろホッとして気分が晴れてさえいた。
佐藤美穂が唯一の光だと健吾が感じていることにも変わりはなかった。だからといって彼女を自分のものにしたいといった感情は元々なかったようだ。いま彼女が森村拓哉といることで幸せであるのならそれでいい。健吾にはそう思えた。
ならばあの溢れ出た感情はなんだったのか。なぜいまも変わらず佐藤美穂が彼の希望の光だと思えるのか。しかし健吾は深く考えることをやめた。そこの答えを求めなくても現実に心は平穏に戻っているのだ。
いまは野球に集中しよう。健吾はそう思った。
(つづく)
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