第6話 新しい秋

 二年生の夏が終わった。

 今年も甲子園には行けなかったが県大会ではベスト4まで残った。二年連続だ。

 監督は悔しがったが、健吾の活躍は讃えてくれた。

 学園長も理事長もその健闘を賞賛してくれた。

 いまのところ期待と責任には応えられていると健吾は思った。


 試合にはプロのスカウトがちらほら姿を現わすようになった。

 

「お前を見に来てるんだ」


 監督はそう健吾に言った。

 健吾はそう言われてもあまりピンとこなかった。プロ野球選手になるなんて考えたこともない。あまりに現実離れしていた。

 現実は父親に捨てられ、母親にも半ば捨てられた人間なのだ。

 夢を見ることには慣れていない。夢を見れば落差の激しい現実に厳しく叩きのめされるだけなのだ。その痛みは誰にもわからない。

 健吾はプロ野球選手になるために野球をしているのではない。現実を忘れる手段を野球の中に見出しただけに過ぎない。もちろん野球というスポーツは好きだったが。

 しかしそれももうあと一年しか時間はない。いつまでも野球をしてはいられない。来年の夏が終われば野球もお終いなのだ。働いてひとりで生きていかなければならない。

 猪熊は自分の人生の大義を見つけろと言う。

 健吾にはまだわからなかった。

 あの児童養護施設の子供たちは大義を見つけられているのだろうか。

 健吾は思う。

 親にさえ見捨てられた自分の人生に、大義なんてあるのだろうかと。


 お前はお前、お前の人生はお前のものだ。

 そう。

 だから健吾は一人で居るのが自由でいいと思っている。

 なのに猪熊はこうも言う。

 人間はひとりでは生きていけないと。もっと人に関われと。


  ――これ以上、人に裏切られたら、俺は死ぬ。


 健吾は人と深く関わることが恐ろしかったのだ。

 それなのに周りの人たちはどんどん沁み込んでくる。健吾は全方位に突き出していた刺の先端が少しずつ溶けて丸くなってしまっているのを感じた。

 それを怖いと思う気持ちと安心に思う気持ちとが健吾のなかにはある。相反する気持ちが同時に存在することに、健吾はやはり戸惑っていた。

 なかんずく佐藤美穂への憧憬は日に日に増していくようで不安だった。このままでは健吾の中で抑えきれずに溢れ出してしまうかもしれない。それは許されないことであった。許されないというより無駄なことであった。結局は自分が傷つくだけなのだからと健吾は思う。


 野球部は三年生が引退し健吾たち二年生が中心となる新チームになった。

 春のセンバツ甲子園出場を懸けた秋季大会がすぐに始まる。

 健吾はなにか自分の気持ちを持て余しながら新しい秋へと入っていった。


(つづく)

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