第3話 ボランティア
猪熊は髭面を健吾に向けた。
「オレの大義はここにいるような子供たちの手助けをすることだ」
「儲からないんだろ?」
「生活は出来る」
「生活は出来る? 贅沢したくないの?」
「贅沢したくない訳じゃないが、大義のためならそんなのはどうでもいいことだ」
「わかんねぇなぁ。そんな大げさなタイギとかなくたって生きていけんだろ」
「まぁな。ただ苦しむとは思う」
「は?」
「目的も目標もなく生きるっていうのは、口で言うほど楽じゃない。挫けたり倒れそうになった時に支えが無いようなもんだ。一人の人間は弱いからな」
「一人の方が自由じゃん」
「それを自由と言えるうちはいいけどな。ここには親から虐待を受けたり育児放棄をされた子たちも多い。いちばん身近でいちばん無償の愛を与えてくれる存在を、その実の親から奪われ傷ついた子たちだ。この子たちの中には親に喜んでもらいたいとか親のためにという目標や目的を奪われ苦しんでいる子もいる。一人が自由などとはとても言えないんだ」
「……」
「キミのように突っ張らかってひとりで生きていくのは楽じゃないぞ。生きる大義を見つけてみろよ。キミが他の人より苦しい環境にいると思ってるのならなおさらだ。所詮、人間なんてひとりでは生きていけるもんじゃないぞ」
――なんだ、結局は説教か。子供たちの手助けするのが大義だとか言って、ボランティアをしている自分に酔ってるだけだろ。あんた自身、親に裏切られたことあんのかよ。上から目線で説教を語られても響かねぇな。
「で、俺はなにしたらいいんですか? 俺には話しを聞いたりセミナーはできませんけど」
「ん? ああ、掃除だ、掃除。施設の敷地内、庭とかもな、そこを徹底的に掃除して欲しい」
「はい」
健吾はドアのレバーを引いて外に出ようとした。
「お前さぁ」
猪熊の口調が変わった。
「はぁ?」
「松宮をぶん殴って気絶させたんだって?」
松宮とは健吾が殴った担任の先生の名前だ。
「……」
「ふっ、どうせアイツ、厭味ったらしくなんか余計なこと言ったんだろ?」
「……」
「まぁ、気持ちはわかる。オレも学生んとき、アイツをぶん殴ったことがある」
「え?」
「アイツはオレの同級生だ。昔から頭は良いがデリカシーのない嫌味な野郎だった。どうせ殴られるようなことを言ったんだろ? なぜ弁解しなかった?」
――なぜ? …弁解のしようがなかったから。
健吾はなぜあのとき松宮を殴ったのか考えた。松宮が言ったことは本当だ。母親は水商売をしている。母親を蔑まれたから殴ったのか。違うはずだ。なぜなら健吾も本音のところでは母親を軽蔑していたのだから。ではなぜ殴った? 健吾にもわからなかった。わからなかったから弁解のしようがなかった。
「まぁ、いい。気持ちはわかるがやっぱり殴るのはよくない。殴ったり殴られたりで解決はしない。そんなことをしてるのはお前がヒマで平和で幸せな証拠だ」
「俺が幸せだって?」
「世界にはお前より小さい子供たちが劣悪な環境で働かされたり、兵士になってマシンガンをぶっ放したり、売られたりしているんだ。殴り合いの喧嘩なんてむしろロマンチックで平和なもんだ」
「……」
「お前より不幸な子供たちがたくさんいると聞かされたところで、お前の気持ちが楽になるとは思ってない。周りに風邪を引いた人間が何人いようが、お前の風邪の症状が良くなるわけじゃぁないのと同じだよな。…ただ、お前はひとりじゃないってことだけは覚えておいてくれ。風邪を引いた子供をサポートするためにオレたちはいるし、良い医者を見つけることもできるかもしれない」
「風邪を治す薬はまだないって聞いたぜ」
「そう、風邪の特効薬はない。だから自分の努力ももちろん必要だ。そしてその努力のサポートをするのがオレたちってわけだ。覚えておけ」
(つづく)
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