第2話 出席停止
健吾は学校には毎日行った。行ったが何もしなかった。騒ぎも起こさないかわりに勉強もしなかった。好きだった野球部にも出なくなった。
健吾の噂は先生の耳にも入っているようだった。担任の先生から家庭訪問をすると言われた。健吾はどうぞ、と言って続けた。
「でも母には会えないと思います」
「なんで?」
「昼は寝てるし夜は家に居ない」
「なんで?」
「知らない」
「知らないわけないだろ」
「知らない」
「どうせスナックかなんかで水商売でもしてんだろう?」
――コイツは最初からそれを知っていて質問した。下卑た蔑むような笑いを浮かべて。
健吾は躊躇なく先生の顔面に右の拳を叩き込んだ。担任の先生は気絶し、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。職員室の先生が総立ちになり、健吾は数人の先生に取り押さえられた。
取り押さえられた健吾の視界に佐藤美穂が映った。生徒会学年代表である彼女と職員室で居合わせるのは不思議ではない。
一番見られたくない人に見られた。健吾は瞬間的にそう悔いたのと同時に自分には関係ない、悔いる必要もないと思い直した。所詮、住む世界が違うのだと。
健吾は一週間の出席停止処分を受けた。その一週間は校外のボランティアに参加し活動をすることとなった。児童養護施設でのボランティア活動だ。
職員玄関に熊のように逞しい体躯の男が、軽トラに乗ってやってきた。『認定NPO法人ブリッジ・猪熊忠男』と書かれたカードを首から下げている。
男は学年主任の先生と少し会話を交わすと、ギロリと健吾を見て次の瞬間、笑顔を見せた。
――こういうヤツは注意しなければいけない。
健吾は反射的にそう思った。こういうヤツは馴れ馴れしく近寄ってきて人を安心させ、取り込んで、身動きが取れなくなった後に酷いことをする。
「オレは猪熊忠男という。一週間、よろしく頼むよ、野崎君」
「…はい」
健吾は慎重にうなずいた。
「名前は? 初対面のときは名を名乗るものだ」
「野崎健吾…です」
「健吾君か、良い名前だな。では先生、我々はもう行きますので」
猪熊は一礼して踵を返すと職員玄関から出て、軽トラに乗り込んだ。
健吾も後を追い、座る場所が助手席しかないことに躊躇いながらも軽トラに乗った。
猪熊は頬から顎にかけてびっしり生えた髭の顔をまっすぐ正面に向け、無言で軽トラを運転した。健吾には何も話しかけてこなかった。
健吾にはそれが少し意外だった。きっとわかったふうな説教を聞かされるのだと思っていたのだ。
「ここだ」
沈黙の二十分が過ぎ、軽トラは施設の門を通過して駐車場に停車した。
「児童養護施設。知ってるか?」
「いえ」
「親に死別したり親から虐待や育児放棄を受けた子供たちが暮らす場所だ。ここの子たちは十八歳になると、否応なくこの場所から出て行かなければならない。大人の社会にたった一人でだ。オレたちはこの子たちの話を聞いたりセミナーをしたりして、社会に出て行くためのサポートをしている」
「……」
健吾は首を傾げた。
「なんだ?」
「いえ」
「なんだ、言いたいことがあるなら言ってみろ」
「…なんでそんなことしてるんですか。儲かるんですか?」
「儲からない。決まった給料を貰ってるだけだ。NPO法人って言うのは普通の会社と違って利益を求めない。なんだ、健吾君はお金を儲けたいのか?」
「そりゃあ儲けたいでしょ」
「儲けてどうする」
「でっかい家を建てて、高級車に乗って、贅沢に暮らす」
「それがキミの生きるための大義ならそれでいい。金儲けをするために自分はどうすればいいのか、どうあればいいのかを考えろ」
「タイギ?」
「自分の人生の目標とか目的ってことだ」
(つづく)
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