「どうしたのよ。お値段がご不満?」

 戯れるような、おどけた蝉の台詞。

 口を開いても言葉が出ない悟は、両手で喉を押さえた。

 息苦しい。

 伝えたい言葉が喉に溜まって呼吸を塞ぐ。

 だから早く言葉を出さないとと思うのに、一向に声は喉の奥で固まったまま動いてはくれない。

 蝉は目を眇めて悟を見ていた。彼の言葉を待つように、じっと。

 喉を両手で押さえたまま、悟はしばらく黙っていた。蝉もそれに付き合うようにじっと黙っていた。蝉が黙ったまま言葉を待っていてくれていること。その事実ははっきりと悟の背中を押した。

 「俺を売らないでください。」

 ようやく悟が絞り出した言葉は、もう明らかに手遅れな要求で、蝉は呆れたように軽く首を振った。

 「分かってるだろ。金は受け取った、後はお前を引き渡すだけ。今更売らないなんて選択肢はないんだよ。」

 ぎこちなく、悟は頷いた。

 売らないで。

 本気の要求だったけれど、それが受け入れられないことくらい承知していた。

 だから、本当に伝えたかった言葉は、

 「あなたが好きです。」

 たった一言だけ。

 蝉は更に呆れたような目をした。

 本気の恋情が伝わっていないわけではない。むしろ、伝わっているからこその呆れなのは悟だって重々承知だった。

 蝉は誰も好きにならない。瀬戸が、サチが、マリが、言っていたとおりだ。

 それでも諦められなくて、自分の方を向いてほしくて。

 「商品には手を出さない主義なんだって、知ってます。だから、抱いてほしいなんて言いません。せめて、もう一度一緒に眠ってください。」

 必死だった。声は喉で一度噛み潰したようにひしゃげていた。きっと薫なら、こんな惨めな声なんて出さなかったんだろう。一度たりとも。

 なんでそんなに俺と寝たいかね。

 蝉がほとんど独り言のように、鼻歌の延長線みたいな調子で言った。

 あなたが好きだからです

 悟は口の名だけで繰り返した。

 言わなくたって、どうせ蝉には分かっている。分かっていて、分からないふりをしているだけだ。

 面倒だからだろう。悟のことなんか全然好きではないからだろう。

 分かっていて、悟は今度は胸を押さえた。

 蝉に突き刺された心臓が痛んでた。

 蝉はきっと、自分が悟の心臓を突き刺したこと自体知りもしないしどうでもいいことなのだろうけれど。






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