5

散々瀬戸に身体をいじられ、悟は気絶するようにいつの間にか眠りについていた。目を覚ましたときにはすっかり日が昇っていて、男娼としてしてはならない禁を犯したことは明らかだった。

 ぞっとして布団から跳ね起き、部屋の中を見回すと、瀬戸はすでにきっちりと着物を着終わり、髪も整え、帰り支度が完全に済んだ様子で鏡台の前に座っていた。

 「申し訳ありません! こんなに寝てしまうなんて……。」

 焦って詫びると、瀬戸は鏡越しに悟をみやり、にやりと笑った。

 「そういうときは、瀬戸様がいらっしゃると思うと安心してついつい眠ってしまった、とでも言っておけばいいんだ。」

 「……そんな……、」

 「昨夜は無理をさせたよ。済まないのは俺の方だ。」

 大人気なく正気をなくした、と瀬戸は笑ったままの唇で言う。

 「着物を着直したら蝉の部屋へ行こう。」

 「蝉さんの?」

 「きみを落籍したい。」

 「え……?」

 「薫の代わりだろうってきみは言うだろうけど、だからなんだって俺も言うよ。俺がきみを薫の代わりに落籍するんだとしたら、きみは俺を蝉の代わりにすればいい。」

 とっさに言葉が出ず、跳ね起きた格好のまま固まった悟を見て、瀬戸は楽しげに笑った。

 「きみは薫に似ているよ。でも、少なくとも昨晩は俺はきみを抱いたつもりだ。少しずつきみを知っていけば、なおさら薫の代わりではないきみを愛せるようになると思う。それでは、だめかな。」

 だめかな、と、問われた悟は自分の胸を押さえた。

 蝉に刺された心臓。

 抜き去ることのできない棒があるのは確かなことで、さらに言えば、その棒を抜き去りたくてもがいているのも確かなことだ。

 ぎゅっと胸を押さえる少年を、瀬戸はじっと見ていた。そして、彼の傍らに歩み寄ると膝を付き、その顔を覗き込んだ。

 「俺が薫を忘れられるかどうかはわからない。きみが蝉を忘れられるかだって同じだろう。だから、試してみよう。偽物同士から恋だの愛だのが始められるかどうか。」

 瀬戸の両手が、器用に動いて悟に着物を着せかける。

 悟は混乱したまま、きっちり重ねられた着物の合わせを握り直した。

 「着物が皺になってしまうよ。」

 その手の意味がわからないほど野暮ではないくせに、瀬戸は何気ない動作で悟の手を取り、自分のそれの中に握り込んだ。

 ほら、行こう。

 瀬戸に手を引かれ、悟は呆然としたまま立ち上がり、部屋を出た。



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