瀬戸
二度のセックスが終わった後、まだ眠る素振りを見せずに酒を飲み直し始めた瀬戸は、きちんと着物を着直して酌を始めた悟を見て、目を細めた。
「お前はどんどんいい男娼になっていくな。」
良い男娼。別に悟にとって嬉しい褒め言葉でもなかった。蝉が聞いたら喜ぶだろうかとぼんやり思うだけだ。
ただ、瀬戸はさらにこう言を継いだ。
「ますます薫に似てきたよ。蝉はそう言わないか?」
薫。
悟は思わずその言葉に反応し、瀬戸の猪口に注ごうとしていた酒を箱膳の上にはらはらとこぼした。
「あ、申し訳ありません。お着物が濡れてはいませんか?」
いや、濡れてないよ。
そう返しながら瀬戸が俯きがちに小さく笑う。
「昔、薫に蝉との仲を訊いたときも、薫はお前みたいに酒をこぼしたよ。」
「酒を……?」
ああ、と頷いた瀬戸は、どこか詫びしげに右の頬を歪めていた。
そんな表情をすると、もともとどことなく影がありげに整った瀬戸の顔立ちは、一層苦み走った魅力を重ねる。
「こういうときに思うな。俺にできるのはここの男娼を金で買うだけで、本当に気持ちまでどうこうすることはできないんだって。」
そんなこと……と、悟は曖昧に言葉を濁した。それ以上なにを言っても瀬戸の言葉を否定はできない自分がいると分かっていた。
いくらで身体を買われようと、蝉に向かう心が動くわけではない。
「薫もそんな反応をしたっけな。」
低く呟きながら、瀬戸が悟の腕を掴んだ。
悟はとっさに徳利を箱膳に戻し、これ以上酒が溢れるのを防いだ。
「心まで売り渡して、俺の家に来なさい。」
予想もしていなかった台詞に、悟の身体は目に見えて強張った。
瀬戸はそれでも容赦なく、悟の腕を掴む手に力を加えた。
「そうすれば、俺が蝉と薫について知っていることを、全部話してやるよ。」
それは、悟にとっては無視のできない誘惑だった。
息を飲み、黙り込んだ悟の肩を、男はぐっと胸の中に抱き込んだ。
「俺はお前に惚れてるんだ。後悔はさせないぞ。」
違う、と悟の唇が勝手に言葉を紡ぎ出す。
「あなたが好きなのは、俺ではなくて薫さんでしょう。」
ぴくりと、男の腕が痙攣するように動いた。
その動きは、言葉よりも如実に悟の言葉が正であると伝えていた。
それが妙に悲しくて、悟は上を向いて涙が溢れるのをなんとかこらえた。
「教えて下さい。薫さんのこと。俺の心なんていくらでも売り飛ばしますから。」
ぽろり、と、こらえきれなかった涙が一筋だけ悟の青白い頬を伝った。
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