随分きれいになったね、と、悟を見るなり瀬戸は言った。

 きれいになたった?

 身に覚えがない悟は、曖昧に微笑んでみせた。

 例えば幾人もの男と重ねた幾つもの夜が悟をきれいにしたところで、それは誇れることなのだろうか。

 「訊きたいことがあるんです。」

 赤い布団の上で瀬戸に寄り添い、そう囁くと、瀬戸は機嫌が良さそうに頷いた。

 「なんだい?」

 「蝉さんの、ことなんですけど。」

 「蝉の?」

 男は意外そうに悟の顔を覗き込んだ。

 悟はとっさに彼の視線から目をそらした。

 閨でほかの男の名前を出すなんて、礼儀知らずだと、もう悟は知っていた。

 それでも、どうしても訊きたくて、知りたくて、どうしようもなくて。

 俺がいじめてるみたいだな。

 瀬戸が不意にそう言って、悟の肩を抱き寄せた。

 「そんな、こと……、」

 悟には、自分がどんな表情をしているのかさえ分かっていなかった。

 男娼失格。

 そんな言葉が頭をよぎった。

 「蝉のなにが知りたいの?」

 問うてくる瀬戸の声は優しかった。それは、泣き出す寸前の子供をあやすみたいに。

 「蝉さんが、男娼してたって本当ですか?」

 悟が切れ切れに問うと、男は、なんだそんなことか、とでも言いたげに軽く頷いてみせた。

 「本当だよ。もう10年くらい前のことだけどね。」

 「じゃあ、脚抜けしようとしたっていうのも……?」

 「それは俺も噂でしか知らないんだけどね。サチちゃんにでも訊いたほうがいいんじゃないかな。」

 「うわさ?」

 「そう。あの頃蝉の他にもうひとり男娼がいてね。そいつと二人でここから逃げたって噂。」

 それもサチちゃんのほうが詳しいと思うよ。

 瀬戸はさらりとそれだけ行って、悟の帯に手を伸ばした。

 されるがままになりながら、悟の頭の中には、蝉と架空の男が手に手を取ってこの長屋から逃げ出す図が勝手に描かれてどうしても消えなかった。

 「蝉は一人じゃ脚抜けなんかしなかったと思うよ。あいつ、疲れることが嫌いだし。」

 瀬戸が悟の首筋に顔を埋めながら、なんでもなさそうに言った。

 悟は熱を帯びる呼気を自覚しながら瀬戸の頭を抱いた。

 男と寝ることが、悟は嫌いではなかった。

 蝉でないなら誰とでも同じ。それでも、男の肌はすべからく熱くて、抱かれていればすべてが嘘でも気持ちがよかった。

 頭の中で、男の顔を蝉に挿げ替える。

 それだけで、悟は性的興奮をすることができる。

 「少しだけ、悟に似ていたね、あの男は。良い男娼だったよ。」

 瀬戸はそれだけ言って、後は唇を話すことには使わなかった。


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