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始めての客の予言は当たった。ひと月、ふた月と経つうちに、悟は長屋の中でも売れっ妓の部類に入るようになっていた。
「お前の恥じらいが初々しくていいってよ。このまま稼いでくれよな。」
蝉がヘラヘラ笑いながら悟の髪を撫でた。
もう冬も終わる温かい昼下がりだった。悟は蝉にいまだ、男娼時代のことや、ともに脚抜けをしようとした相手のことを尋ねられずにいた。
「……恥らい、ですか。」
ぽつん、と悟が呟くと、蝉はその顔を覗き込んで首をひねった。
「なんだ、嬉しそうじゃないな。」
「嬉しいですよ。」
嘘ではなかった。蝉が喜ぶならば、悟は嬉しい。ただ、訊きたくても訊けないことがある。
「なにかわかんないことやら悩みごとやらがあれば、サチに聞けよ。」
「サチさん?」
「分かるだろ、あのパーマの、背が高い。」
「分かります、けど……、」
「ああ見えて、あいつが一番長いんだよ。もう10年以上ここにいる。」
10年。その言葉に悟は思わず反応した。10年以上ここにいるということは、つまり蝉の男娼時代も知っているということになるはずだ。
蝉はそんな悟の様子を、なにか悩みがあって相談相手を欲していたと取ったらしかった。
「俺からもサチに言っといてやるから、なんでもサチに聞けよ。」
「はい、そうします。」
まさか自分の過去について訊かれるとは思ってもいないのだろう、蝉は満足そうに数度頷いた後、今日も今日とて派手な蝶の柄の着物の裾を捌いて立ち上がった。
「じゃ、今日は借り切りの客が付いてるから、一晩頑張ってくれよ。」
「はい。」
ほとんど機械的に悟が頷くと、蝉はふと何事か思いついたように、怪訝そうに首を傾げた。
「お前、借り切りの客がついたって言っても全然興味ないよな。普通、誰ですかとか訊いてくるもんなんだけど。」
それは、本当に興味がないからだ。蝉以外なら誰だって同じ。誰に抱かれるのだって同じ話だ。
「今日の客は瀬戸さんだよ。お前のことが気に入ってるみたいだな。」
落籍ってこともあり得るんじゃないか、頑張ってくれよ、などと蝉が言う。
落籍。そんなものに応じる気は、悟にはまるでないのに。
それでも、瀬戸の名に悟は反応した。瀬戸は確か、始めての晩に悟を買った男だ。つまり、蝉の過去を知っている男。
その悟の反応をどう取ったのか、蝉は、瀬戸さんは男前だからなぁ、などと太平楽なことを言いながら悟の部屋を出ていぅた。
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