客取り
悟のはじめの客は、男色にひどくなれた男だった。年の頃は40くらい。外見は苦み走ったいい男と表現してもいいだろう。
「きみは、始めてだと言う割に緊張しないんだね。」
悟の銀の帯に手をかけながら、男はやや不満げに言った。
悟は言葉に困り、曖昧に微笑した。
あなたが蝉じゃないからなんて、言えるはずもない。
「蝉が仕込んだって言うから期待したんだけど。」
男は悟の紺色の着物を脱がせながら、そんなことを言う。
「蝉さんが仕込んだからって?」
小声で問い返せば、男は一瞬言葉に迷うような間をおいた後、口を切った。
「何年か前まで、蝉が仕込んだ男の子がいたんだよ。いい男娼だった。」
蝉が仕込んだ男の子。
その言葉は悟の脳みそにやけに強く焼けついた。
確かに蝉は、男の仕込みには慣れていないと言っただけで、男を仕込んだことがないとは言わなかったけれど。
「その方は、もうここを出て行っちゃったんですね。」
何故か少し震える声で問えば、男は震えに気がついた様子は見せず、ただ軽く頷いた。
「そう。蝉と出ていくものだとばかり思っていたから、蝉がここに残って驚いたよ。」
「蝉さんと?」
「ああ。あの頃は蝉もまだ遣り手じゃなくて男娼だったから、二人で脚抜けするのかと思ったら、一人で出てったね。」
「蝉さんも男娼だったんですか?」
声はまだわずかに揺れていた。
蝉が男娼だった。しかも、ともに脚抜けをするような仲の男すらいた。
信じられない。いや、信じたくないのかもしれない。
あの、なにもかもがどうでもよさそうな飄々とした男が、誰か一人の男に執着しただなんて。
「そう。10年くらい前に遣り手になったけど、その前はここの男娼だよ。」
話はもういいだろう、と、男が悟を布団の上の上に押し倒した。
悟はその手をなぜかとっさに拒んだ。
「お、恥じらいが出てきたじゃない。」
男はどことなく嬉しそうに笑い、着物の合わせを押さえた悟の手を力ずくでどける。
蝉のことを思った。
この手を握って眠っただけの男。
「あ、」
男の熱い手のひらに肌を探られ、悟は身を捩ってその手から逃れようとした。
蝉にも触れられなかった肌。
そう思えば恥じらいはいくらでも湧いてきた。
悟の上に馬乗りになり、肩を押さえつけながら、男は性的な興奮をあらわにしていた。
「きみ、きっと売れるよ。」
耳朶を噛んで囁かれ、悟は天井を見上げながら思った。
売れるなら売れたほうがいい。そのほうがきっと蝉も喜ぶ。
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