最後の夜。蝉と悟は本当に同じ布団で眠っただけだった。会話すらほとんどなく。

 四畳間が細い廊下の左右に並んでいるだけの粗末な造りの長屋には、そこだけ妙に立派な風呂が付いている。

 女たちが湯を使い終わり、客を引きに行ってから悟は一人こっそりと風呂に入った。この長屋には、男は悟と蝉の二人しかいない。  蝉はここの風呂は使わず、毎夜銭湯に行っているようだった。つまりこの湯は、娼婦専用なのだ。

 ありがちな銭湯みたいに壁に嘘っぽい富士山の絵など描いてある、薄水色のタイルで貼られた広い洗い場と湯船。

 悟はそこで、タイルの床に座り込み、体内を洗浄した。ここに来たはじめの日に、一番最初に蝉に教えられたことだった。

 あの日、蝉は服を着たまま風呂場に入り、裸の悟を後ろから抱えるようにして脚を開かせると、衣服が濡れることに構いもしないでシャワーを使い、悟の体内を洗った。

 これからは仕込の前に必ず自分で洗っておくんだぞ、客を取る前にもだ。

 言い聞かせられた言葉は殆ど頭に入ってこなかった。身体の中に強制的に水を注がれる感覚は強烈で、怖いくらいに両脚ががくがくと震えた。蝉に抱きかかえられていなかったら、その場に倒れ込んで悶え苦しんでいただろう。

 体内に入った水を出されるとき、悟はあまりの羞恥に蝉の腕の中で暴れた。蝉はにやにや笑いを崩さないまま、着物が汚れるのも気にせずに悟の身体を抑え込んでいた。

 もう今は、一人でちゃんと体内を洗える。蝉の手を借りずとも。

 しかも今では、また蝉に体内を洗ってほしいとまで思う。隅々まで、余すことなく。

 あのはじめの日は羞恥で目の前が真っ白になったのに、今ではその記憶は快楽の記憶へすり替わっているのだ。

 体内をいくら洗ったところで、今夜蝉が悟を抱いてくれるわけはない。張り型だって、もう今日は入れない。

 分かっていても、どうしても洗わずにはいられなかった。

 もしかしたら、などと思いながら。

 期待しちゃだめよ。

 そう言った怜悧な顔立ちの娼婦を思い出す。

 マリという名前で、この長屋に来てもう数年が経つベテラン格らしい。それだけに、彼女の言葉は的確だった。

 期待すればするほど、悟自身が苦しむことになる。それはこれから毎晩毎晩違う男たちに抱かれることになれば、尚更だろう。その男たちの中に、絶対に蝉は含まれないのだから。

 期待しちゃだめだ。

 体内に水を招き入れながらそんなことを思うのは、どこまでも惨めだった。


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