「明日からは客取ってもらうよ。」

 一番太い張り型が挿入できるようになった昼下がりだった。眩しい日差しが障子ごしに射して、蝉と悟の濃い影を畳の上に落としていた。

 「……はい。」

 そう頷く以外、悟になにができただろう。

 こうなるのは分かっていたし、更に言えば、こうなるのが目的だったはずだ。

 「最後の自由な夜だ。なにして過ごす?」

 ぷかりと紫煙を吐き出しながら、蝉が冗談みたいな調子で言った。

 最後の自由な夜。

 ぴんと来なかった。明日からは毎晩客を取らねばならない、自由に動ける夜は今日が最後。理屈では分かっていても、理解がまだ及んでいなかった。

 ただ分かるのは、仕込みが今日で最後になること。蝉がこの身体に触れることは、もう二度とないということ。

 「……蝉さんといたい。」

 体内を子どもの腕程もある張り型で犯されながら、掠れた声で悟はなんとかそれだけを言葉にした。

 蝉は悟に背を向けて煙管を吸ったまま、しばらく黙っていた。

 悟もそれ以上言葉が出ず、ただ、爪の先から滴りそうな快楽と、体内に異物を押し込められる強烈な違和感とに身悶えていた。

 こんこん、と火鉢の口を煙管で叩き、蝉が悟を振り向いた。

 「俺といたい、ねぇ。」

 からかうような口調だった。本気にされていない。全く。それだけでもう、悟は絶望していいはずだった。けれど蝉は、その先の言葉をさらさらとつなげた。

 「構わないけど、俺、商品には手をださねぇ主義だよ。」

 商品には手を出さない主義。なにを言われているのか一瞬分からなかった。

 抱かない。

 ただそう言われていると理解するのに数秒を要した。

 それでもいい。言おうとして唇が躊躇った。

 蝉に抱かれたかった。冷たい張り型しか知らない身体が、恋した人のぬくもりを欲しがっていた。

 「一度だけ、」

 縋るように口にした言葉。それにも蝉は首を横に振った。

 「抱かないよ。」

 それでもいいと、今度は辛うじて唇を動かした。

 本当は全然よくなかったけれど、それでも、一晩蝉の側にいられるのならば。

 「だったら構わないけどね。」

 今日は店のことはサチに任せておけばいいしね、と、蝉はぶつぶつと一人ごちた。

 そしてにこりと悪趣味な顔で笑い、張り型でなら相手をしてもいいよ、と悟を誘惑した。

 悟はその誘惑に首を振った。張り型で犯されるのは既に快感になって来ていたけれど、蝉本人でないならば、相手をしてもらっても虚しいだけ。

 「一緒に寝たい。」

 ぽつりと零れたのは、自分でもまさかと思うほど女々しい一言だった。


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