3
悟が体内に張り型を入れて放置されているとき、蝉は基本的には同じ室内にいてくれた。
と言っても悟に触れたり話しかけたりすることはなく、ただ火鉢に向かって座り込み、煙管をふかしているだけなのだが。
それでも、悟は嬉しかった。側に蝉がいてくれるだけで、脂汗とうめき声が止められなくても、なんとか仕込みに耐えられた。
派手な柄の着物に包まれた薄い蝉の背中を見つめながら、悟はじっと違和感と圧迫感に耐える。
蝉は時々振り向いては、よくやってる、だの、がんばってるな、だの言ってはまた火鉢に向かい直して煙管をふかし、あくびをし、火鉢の口に肘を乗っけてうつらうつらした。
それでもよかった、蝉が側にいると思えば、日を追うごとに連れて太くなっていく張り型の圧迫感や気持ちの悪さ、単純な恐怖心にも立ち向かえた。
夜になり、長屋の女たちが客を引きに行く時間が訪れると、蝉は悟の中から張り型を抜いた。
そして必ず悟の汗で湿った髪を撫で上げ、あんた、才能あるよ、と囁いた。
その一言のために、悟は毎日毎日体内を犯される恐怖に耐えているのかもしれなかった。
そんな悟に、ふと声をかけてきた女がいた。
マリ、と呼ばれる、以前湯を張った洗面器を運んできてくれた女だった。
「期待しちゃだめよ。」
マリは廊下で偶然行き会った悟に、なんの前置きもなくそう言った。
それでも悟には、蝉とのことを言われているのだと分かった。
それ以外に、なにも持たない悟が期待するようなものはない。
「遣り手の仕事なんだから。それ以上の意味なんてないのよ。期待しちゃ、駄目。」
怜悧でうつくしい顔立ちの割に、口調はどこか幼かった。この女は、はたちくらいに見える見た目よりずっと若いのかもしれない、と悟は思った。
「……期待、してません。」
悟はそう答え、目の前の女を見返した。
目を合わせてしまえば、お互いの孤独同士が絡まり合いそうな、そんな空気感があった。
「そう。ならいいの。」
じゃあ、と、その短髪の娼婦は悟の傍らをすり抜けて表へ出て行った。
まっ赤な夕日が沈んでいく。
あの女も多分、女子供を食い物にする仕事の男になにかを期待して傷ついたことがあるのだろう。
悟はそう思って唇を噛んだ。
分かっている。悟に触れる蝉の指も、時たま優しいその言葉も、全部全部遣り手としての仕事の一環に過ぎない。
分かっているのだから、期待している悟が悪いに決まっている。
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