ある歯車の憂鬱
北宮 高
第1話
高校生の時は相手が自分より上か下かを判断するようになっていた。
下だと感じたら相手にしなかった。上だと感じたら何時かこいつの上に立つと考えて来た。だから志望の大学に入れた。
大学の一年の講義で哲学があった。必須科目で無かったが単位を多く取るために講義を受けた。それが不味かった。今まで成績は常にトップで努力すれば理想の人生が得られると思っていた。
出席を取るだけで内容は軽くきいていた。ソクラテスの倫理学などの講義の後にデカルトの(われ思う、ゆえにわれあり)の真意を教授が話した。
この世の中には真実と証明出来るものは無い。全ては人間が作りだしたもので真理ではない。朝、昼、晩と食事をするのも、夜寝て昼間起きるのも全て人間が決めた事、唯一の真実は私が此処に存在し考えている事でそれを核に考えを広げて行くことと話した。
それを聞いてやる気が無くなった。
私は人間が決めた虚像の規則の中で頑張って生きて来たと思い込んだ。
それは真面目に生きて来た私には衝撃だった。
でもその後の説明を聞く余裕がなかった。規則とか人間が作りだしたものだが、全てを信用しないでその事を精査する事が必要と話していた。
その大事な部分が飛んだ。後で色々な解釈の仕方があるとも聞いた。
それが私の人生の岐路だった。その時から努力をすることは止めた。
単位などぎりぎりで卒業した。
どんなに偉い学者や、政治家、IT関係や起業で成功した人々を尊敬する事は無かった。
幾ら地位があっても人間が決めた規則の上での事で、規則が変われば転落して行く。真面目に頑張り優雅な生活を手に入れても、戦争に負けて占領されたら何もなくなり、その国の規則に従い生きる。
産まれた時から規則に支配されている。赤ちゃんの時はともかく、保育園又は幼稚園、それから義務教育に進み社会の歯車にされて行く。
日本という大きな機械が動いている。
その下には古くなり錆びた歯車が無尽蔵に落ちている。まだ未使用の新しい歯車も沢山落ちている。
歯車達はもっと大きい歯車になり小さい歯車を一杯廻そうと頑張っている。
頑張り過ぎ歯が欠けて落ちかけている歯車もある。
馬鹿らしい歯車には成りたくないが、形だけでも歯車でいないと生きていけない。
空回りの歯車になる。大学時代はそんな風に考えていた。
就職も卒業する年の二月頃にぎりぎりで決まった。地方の小さい町の小さい
会社だった。
一応建築学科で友人達は東京の有名な設計事務所やゼネコンに大きな歯車になるため就職していった。
私は期待され大きな歯車にされそうになり小さい会社を辞めた。
同じような歯車が大勢いる地元の設計事務所に入ったが、真面目な性格で女性に一目ぼれをして結婚してしまった。
其処で空回りの歯車ではなくなり、子供も出来て五枚の歯車を回すことになった。
私は知らない内に歯車として頑張っていた。
二十数年後、妻は私の歯車からはずれて落ちていった。
子供の内三枚の歯車は女の子で別の処で廻っている。
私は一枚の男の子の歯車を廻しているが、如何やら私の若い頃の空回りの歯車と同じ気がする。
私がこの大きな機械から外れたら、この子も落されるだろうか? やはり規則には従わなければ生きてゆけないのか?
あの時哲学の講義受けなければ私は大きな歯車でこの国を動かしていたかも知れない。でも頑張り過ぎて歯が折れ落されていたかも知れない。
ちょっとした事で人生が変わるが、どちらにしても歯車だ、それ以上でも
以下でもない。
所詮、私は人間が決めた規則の中で生きている。適当に生きてゆこう。
この先真面目に考えるのは止めよう。
ある歯車の憂鬱 北宮 高 @kamiidehedeo
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