第9話 領主の依頼


 わたしが連れて行かれた場所は、この街の中心部分にある大きなお屋敷だった。


 こんな場所に建っているから、このお屋敷はこの街の領主様の住まいなのかもしれない。

 ということは、目の前の女の子は領主様の関係者?


 予想外の場所に連れて来られて面食らっていると、女の子はわたしの腕を引っ張ってお屋敷の方に向かって歩いていく。


 正門の近くには衛兵さんが立っていたけど、女の子の姿を確認するとすぐに門を開けた。

 女の子はそのまま門をくぐり抜け、前庭を横切り、お屋敷の中に入る。


 そこでようやく、女の子はわたしの腕から手を離した。

 力が強かったのか、女の子が掴んでいた場所はうっすらと赤くなっていた。


「アタシに付いてきて」


 女の子がそう言うので、わたしは大人しく彼女に付いていく。


 お屋敷の中は広く、一目でとても高価な物だと分かる調度品が至るところに飾られていた。

 ただ、武器の類が若干多いのが少し気になった。


 廊下を歩いていると、向こう側から執事風の男性が歩いてきた。

 彼は女の子の姿を確認すると、その場で頭を下げる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま、ジャスティン」


 ジャスティンと呼ばれた男性の言葉から、女の子は領主様の娘だと推測する。


 ジャスティンさんがわたしの方を見て、女の子に尋ねる。


「して、そちらの女性は?」

「アタシの客人よ。後で応接室にお茶を持ってきて」

「畏まりました。すぐにお運びいたします」


 ジャスティンさんは再び一礼して、この場を去っていく。

 わたしは彼とすれ違いざまに、軽く会釈をする。


 そしてわたしは女の子の案内で、応接室に入る。

 部屋の中央にはテーブルとソファーが置かれていた。


 女の子に促され、わたしはソファーに座る。

 女の子も反対側のソファーに座り、わたしと向かい合う形になる。


「ようこそ我が家へ、歓迎するわ。アタシはジーナ。この街の領主よ」


 女の子―ジーナは、腕を組みながらそう言う。


 ……領主様の娘じゃなくて、領主様ご本人だった。


 こんな小さな女の子がどうして領主に? と疑問を抱いていると、ジーナが尋ねてくる。


「それで、貴女の名前は?」

「え? あ……アリシアよ」

「アリシア……そう、いい名前ね」


 両親が付けてくれた名前を褒められるのは、純粋に嬉しい。


 とその時部屋のドアがノックされ、ジャスティンさんがお茶を運んできた。

 わたし達の前にお茶の入ったカップを置いてから、彼は部屋を出ていった。


 ジーナがカップを手にしたので、わたしもカップを取り、お茶を啜る。

 王城で飲んだ物より少し劣るけど、それでも美味しいお茶だった。


 わたしはカップをソーサーに戻し、ジーナに尋ねる。


「ねえ、ジーナ。なんでわたしをここに連れてきたの?」


 するとジーナもカップをソーサーに戻し、答える。


「貴女の腕を見込んで、頼みたいことがあるからよ」


 そして彼女は、ここに至るまでの経緯を語り始めた―――。




 ◇◇◇◇◇




 ジーナによればこの街では最近、武器商人の商隊が野盗達に襲撃され、武器を奪われる事件が多発しているらしい。


 そして厄介なことにその野盗達は皆、最低でもCランク冒険者と同等の実力を持っているらしい。

 そのため、この街にいる冒険者では全く歯が立たない状況となってしまった。


 そんな時に見つけたのが、わたしみたいだった。


 たまたまギルドを訪れていたジーナは、わたしがホーンウルフの群れの討伐クエストをクリアしたことを知った。


 それだけの実力があるなら野盗達も撃退出来ると思い、わたしに直接依頼しようとギルドの入口でわたしが出てくるのを待っていた。


 そしてギルドから出てきたわたしに声を掛けたけど、なかなか気付いてもらえなかった。


 ようやくわたしがジーナに気付いた時、彼女はわたしを逃がさないように自分の家に連れ込んだようだった。




 ◇◇◇◇◇




 ジーナの説明を聞き終え、わたしは疑問に思ったことを質問する。


「質問してもいい?」

「ええ、どうぞ」

「なんで武器商人の商隊が襲われるようになったの?」


 するとジーナは苦い顔をする。


「たぶん、アタシのパパ……父が経営する商会への嫌がらせね。この街にある武器商店はみんな、父の商会の傘下だから」

「すると……ジーナの家の本業は武器商人?」


 わたしが尋ねると、ジーナは頷く。


「ええ、そうよ。ご先祖様が自ら武器も作る武器商人で、その時に得た財でこの街の領主になったらしいわ。その証拠に、ほら」


 そう言ってジーナは髪をかき分け、隠れていた耳を晒す。

 その耳は尖っていた。


「アタシの家系はドワーフ族なのよ」


 ドワーフ族というのは、武器作成に長けた種族で、低身長のヒトが多い。

 魔道具作成に長け、高身長のヒトが多いエルフ族と共に、耳が尖っているという身体的特徴を有している。


 そして両種族共、耳以外は人間族とほぼ同じ見た目なので、亜人というくくりになっている。

 さらに、人間族と亜人を併せて人類と呼ぶこともある。


 武器・魔道具作成に長けているといっても、戦闘能力がない訳じゃない。

 その良い例がシルフィさんだろう。

 彼女はエルフ族だけど、Sランク冒険者として活躍している。


 閑話休題。

 ジーナはかき分けた手を下ろし、わたしの目を真っ直ぐに見据える。


「この街の領主としてお願いします。野盗達を撃退してはいただけませんか?」


 畏まった口調でジーナにお願いされる。

 わたしとしても、困っているヒトを見過ごすことなんて出来なかった。


「分かった。その依頼、引き受けるよ」


 わたしがそう言うと、ジーナは満面の笑みを浮かべる。


 こうしてわたしは、『勇者』として初めての依頼を引き受けた―――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る