第6話 登録


 翌日。

 シルフィさんは再び城にやって来て、廊下で昨日ぶりの再会を果たす。


「おはようございます、アリシアさん」

「……おはようございます、シルフィさん」


 わたしは寝不足気味の頭で、シルフィさんと挨拶を交わす。

 眠ったのはいつもより遅い時間だったにも関わらず、いつも通りの時間に目を覚ましてしまった。……恐るべし、日頃の習慣。


「ふぁ〜……あ、シルフィちゃんだ。オハヨ〜」


 するとわたしの後ろから、ついさっき起きたかのような様子のアイシャがやって来た。そして背後からわたしに抱き着く。


 彼女はわたしが起きた時はまだ寝ていたし、なんならわたしが朝ごはんを食べた後もまだ起きていなかった。


 それと、シルフィさんとフランクに接していることから、彼女とも何かしらの交流があるのだろう。


 もしかしたら、シルフィさんにわたしを帝都まで連れてくるように命じたのは、アイシャかもしれない。


「おはようございます、アイシャさん」

「うん。それで、今日はどうしてここに?」


 アイシャがわたしの背中にもたれかかりながら、シルフィさんに尋ねる。


 ……あの、重いんだけど……。


 わたしがそんなことを思っていると、シルフィさんは答える。


「はい。今日はアリシアさんをギルドに連れて行こうかと思いまして、アリシアさんを迎えに来たんです」


 この場合のギルドというのは、冒険者ギルドのことだ。


 冒険者ギルドは大昔からある組織で、魔物討伐などを請け負う職業である冒険者が数多く所属している。


「なるほど〜。それなら、コレ渡しておくね」


 そう言いながら、アイシャがどこからともなく封筒を取り出し、シルフィさんに差し出す。

 シルフィさんは封筒を受け取りつつ、アイシャに尋ねる。


「コレは?」

「あたしの推薦状。コレがあれば、アリシアちゃんはBランクからスタート出来るよ。あとついでに、アリシアちゃんが『勇者』だってことも、あたしの名前で保証してるから」


 ……『勇者』の身元の保証の方がついでとか……。


 わたしは心の中でそうツッコみ、ふと重要なことを聞いてなかったことを思い出す。

 わたしは首だけ動かして、アイシャの方を向く。


「ねえ、アイシャ。とても重要なことを聞き忘れてたんだけど……」

「な〜に〜? あたしのスリーサイズ?」


 アイシャの冗談を取り合わずに、わたしは続ける。


「『魔王』ってどこにいるの?」


 わたしは前世での経験から、『魔王』は西大陸辺りにいるのかなぁ……とは思っていたけど、アイシャからは意外な答えが返ってきた。


「分かんない」

「…………は? 分からない??」


 わたしは思わず聞き返していた。

 アイシャは神妙な面持ちで頷いてから、至って真面目な口調で説明する。


「そうなの。一ヶ月くらい前に、ウチの魔法使いがとても大きな魔力反応を捉えたの。それであたしは有識者や各国の国家元首と相談し合って、それが『魔王』のことだと判明したの。だけど反応はそれきり。今日まで何の音沙汰もないのよ」


 するとわたしを抱く彼女の腕に、僅かに力が込められた。


「『魔王』の居場所が分からないのに、『勇者』に……アリシアちゃんに『魔王』討伐をお願いするのはとても心苦しいの。だからせめて、あたしに出来る範囲でサポートしようと思って、推薦状をしたためたの」

「……ありがとう、アイシャ」


 わたしはそう言って、アイシャの頭を優しく撫でる。

 無力感に苛まれているのは彼女自身だと思うから、特段彼女を責めるような真似はしない。


 わたしはアイシャの頭から手を離して、彼女に告げる。


「わたしがすぐに『魔王』の居場所を見つけるから、安心して」

「うん……」


 アイシャは小さく頷き、わたしから身体を離す。


「そろそろいいですか、ギルドに向かっても?」

「あ、はい。いいですよ」


 シルフィさんの言葉に、わたしは頷く。

 わたしはアイシャの方に振り向き、別れを告げる。


「それじゃあ、アイシャ。わたしは行くよ。元気でね」

「うん。アリシアちゃんも元気で」


 わたし達はお互いに手を振り合い、笑顔で別れた―――。




 ◇◇◇◇◇




 シルフィさんに付いていき、わたしは冒険者ギルドにやって来た。

 中に入ると駆け出しからベテランまで、多くの冒険者がいた。


 そして彼らは皆、シルフィさんの方に目を向けひそひそと話し合っていた。

 わたしは身体強化魔法で聴力を強化して、こっそりと彼らの会話を盗み聞きする。


 すると―――。


「おい。あのエルフって、『疾風の戦乙女』じゃないか?」

「え!? Sランク冒険者の、あの!?」

「ああ、間違いないハズだ。名前は確か……シルフィと言ったか?」

「はぁ〜……シルフィお姉様は今日も相変わらず美しいです……」

「……でも後ろの娘は誰だ?」

「さあ? あのヒトの知り合いとかじゃないのか?」

「話は変わるけど……なんでも『勇者』に任命されたヒトがいるらしいよ?」

「そうなのか? 一体どんな奴だろうな?」

「『勇者』というからには、歴戦の猛者じゃないのか?」

「『勇者』かぁ……どんなイケメンなんだろうなぁ……お近づきになりたいなぁ……」


 ―――そんな会話がされていた。


 ……あとすみません。わたしは歴戦の猛者でもイケメンでもなくて、ごくごく普通の女の子です。


 ……って、違った。前世が『魔王』なだけの、普通の女の子でした。わたしとしたことが……反省。


「アリシアさん? どうかしましたか?」

「ふぁっ!?」


 突然シルフィさんに声を掛けられて、わたしは変な声を出してしまった。

 わたしは慌てて取り繕う。


「い……いえいえ、なんでも!!」

「そうですか? でも……」

「本当になんでもないですから!」

「アリシアさんがそう言うなら……」


 シルフィさんはそう言うと、再び歩き出した。

 わたしはほっと一息吐いてから、彼女の後を追う。


 そして受付まで行き、シルフィさんはギルド職員のヒトと話す。


「こんにちは。本日はどう言ったご用件で?」

「今日は彼女の冒険者登録をしに来ました。……あと、コレを」


 そう言ってシルフィさんは、アイシャから与った推薦状を職員に差し出す。

 それを見た職員は、どこか慌てた様子だった。


「しょ、少々お待ちください! 今すぐ上の者を呼んできますので!」


 そう言うと職員のヒトは、奥に引っ込んでいった。


 しばらくして、職員に連れられる形で一人の女性が出てきた。


「お待たせいたしました。私がこのギルドのギルドマスターです。本日はそちらにいるお嬢さんの冒険者登録でよろしいですか?」

「はい、そうです」


 ギルドマスターさんの質問に、シルフィさんは頷く。


「それでは今から登録いたしますので、もう少々お待ちを。……それにしても」


 ギルドマスターさんがわたしに、熱烈な視線を向けてくる。

 わたしはその理由が分からずに、首を傾げる。


「まさか『勇者』の正体が、こんな可愛らしい女の子だったなんて驚きです」

「はぁ……」


 わたしは気の抜けた返事しか出来なかった。


 すると彼女は、受付から身を乗り出すようにして、わたしに詰め寄ってきた。


「ところで今度、一緒に食事でも……」

「彼女は忙しい身なので、そういったことはご遠慮ください」

「そうですか……」


 シルフィさんがわたしを庇うようにして割って入り、ギルドマスターさんはすごすごと引き下がる。


 何が起きていたのか分からないわたしに、シルフィさんが顔を寄せ、小声で教えてくれた。


「……ギルマスは大の女の子好きで、ああやって色んな女冒険者に声を掛けるの。それさえなければ、とても頼りになるヒトよ」

「……はぁ、なるほど」


 ……世界には色んな嗜好を持ったヒトがいるらしい。


 そんなことをしている内に、冒険者登録が終わったらしい。


 こうしてわたしは無事……かどうかは分からないけど、冒険者になった―――。


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