第5話 友達
「ねえ、アリシアちゃん。アリシアちゃんの好きな食べ物って何?」
「え? え〜っと……チョコケーキ、かなぁ」
「美味しいよね、チョコケーキ! あたしも好きだよ!」
彼女は興奮したように、テーブルをバンと叩きながら立ち上がる。
……どうしてこうなったんだっけ?
わたしはこうなった原因を思い出していた―――。
◇◇◇◇◇
皇帝から正式に勇者として任命されたので、王の間を立ち去ろうとした時に、彼女に呼び止められた。
「ああ、アリシアよ。後で我が部屋に来い」
皇帝がそう言うと、この場にいた貴族達がどよめいた。
その理由が分からないので、シルフィさんに小声で尋ねる。
「……あの、シルフィさん。なんでこんなにどよめいてるんですか?」
「陛下が自室にヒトを誘うことが滅多にないからよ。それだけアリシアさんのことを気に入ったのかもしれないわね」
シルフィさんは笑顔でそう言うけど、わたしのどこに気に入る要素があるのか分からなかった。
王の間を出ると、廊下の隅にいたメイドさんがわたしに近寄ってきた。
「失礼ですが、アリシア様でお間違いないでしょうか?」
「はい、わたしがアリシアですけど……」
わたしがそう返事をすると、メイドさんが軽く頭を下げる。
「皇帝陛下から、お部屋まで案内するよう言付かっております。ご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お願いします」
わたしはそう返事をして、シルフィさんの方を向く。
「あの、シルフィさん……」
「ええ、分かっています。今日はここでお別れですね、さようなら。また明日来ます」
「はい、さようなら」
そう言ってわたしはシルフィさんと別れ、案内役のメイドさんに付いていく。
……ん? 明日?
てっきりここから別行動を取ると思っていたけど、そうではないらしい。
その理由を聞こうと思って後ろを振り向くけど、すでにシルフィさんの姿はなかった。
……明日になればその理由を聞けるか。
そう思い直して、わたしは再びメイドさんの後を追った―――。
◇◇◇◇◇
「こちらにございます」
メイドさんはそう言って、ある部屋の前で立ち止まる。
おそらくここが、皇帝の自室なのだろう。
「陛下はまだお出でになられないので、中でお待ちください」
メイドさんはそう言いながら、部屋のドアを開ける。
わたしは彼女の言葉に導かれるようにして、部屋に入る。
突っ立っているのもなんなので、窓際に置かれていた椅子に座る。
そこからは帝都が一望出来た。控えめに言って、最高の眺めだった。
しばらく窓の外を眺めていると、突然バンッ! という大きな音を立てながら部屋のドアが開かれた。
その音にビックリして思わず立ち上がり、わたしはドアの方に目を向ける。
「おっまたせ〜!」
そう言いながら、皇帝がニコニコと笑顔を浮かべながら部屋に入ってきた。
王の間で見た時と、大分雰囲気が違っていた。
さっきはヒトの上に立つ者としての雰囲気を纏っていたのに対して、今は年相応の雰囲気を醸し出していた。ついでに口調も変わっていた。
わたしが呆気に取られていると、彼女は近付いてきた。
「いや〜、待たせちゃってごめんね〜。着替えに手間取っちゃってさ〜」
彼女の言葉通り、彼女は皇帝としての豪奢な装いから、年頃の女の子らしい装いに変化していた。
ようやく現実を認識し始めた頭を回転させて、わたしは目の前の女の子に質問する。
「えっと……皇帝陛下、ですよね?」
「そうだよ? それよりも、あたしのことは名前で……って、まだ名乗ってなかったっけ」
アハハ、と彼女は苦笑いしながら頭を掻く。
皇帝、という肩書きがなければ、笑顔が似合うただの可愛らしい女の子だった。
「それじゃあ改めて。あたしはこの国を治める皇帝、アイシャです。よろしくね、アリシアちゃん♪」
そう言いながら手を差し出してくるので、わたしはその手を握り返す。
「よろしくお願いします、アイシャ様」
「呼び捨てでいいし、タメ口で構わないよ〜」
彼女自身がそう言っているから、言われた通りにしても問題ない……と思う。
わたしは一応壁際に待機しているメイドさんに目を向けると、彼女はやれやれと言った風に肩を竦めていた。
……どうやらいつものことらしい。
わたしはアイシャ様……アイシャに向き直る。
「分かりました。いや……分かったわ、アイシャ」
「うん、よろしい♪」
わたしの返答をお気に召したのか、アイシャは笑顔で頷いた。
「立ち話もなんだし、座って座って」
アイシャに促されて、わたしは再び椅子に座る。
わたしの対面にアイシャも座る。
ちょうどいい機会なので、わたしはアイシャにここに呼んだ理由を尋ねる。
「ねえ、アイシャ。なんでわたしをここに呼んだの?」
「……笑わないでね?」
アイシャはそう前置きをしてから理由を述べる。
「あたしってほら、皇帝でしょ? だから同年代の友達がいなくて……。それで、『勇者』もあたしと同年代って聞いたから、アリシアちゃんと友達になりたいなぁ、って思って……」
アイシャは僅かに頬を染める。
彼女にも彼女なりの悩みがあったようだ。
わたしはアイシャに手を差し出す。
「そんなことでいいなら、喜んで」
「……! ありがとう、アリシアちゃん!」
アイシャはわたしの手を両手で握り、そのままわたしの腕をブンブンと振る。
わたしと友達になれたことが、とても嬉しいようだった。
それからわたし達は、お互いのことをよく知るためにお喋りを始めた―――。
◇◇◇◇◇
そこまで思い出したその時、アイシャがわたしの顔を覗き込んできた。
「どうしたの、アリシアちゃん?」
「……え? ああ、いや……日も暮れてきたなぁって思って」
わたしの言葉通り、窓の外は茜色に染まっていた。
「だから今日は、これでお暇しようかなって」
わたしがそう言うと、アイシャが伏し目がちに言ってくる。
「まだ喋り足りないから、今日はここに泊まっていかない?」
「いや、でも……」
「ダメ?」
アイシャは目を潤ませる。
そんな目で見つめられては、断ることなど出来なかった。
「……分かった。今日は泊まっていくよ」
わたしがそう言うと、アイシャは満面の笑みを浮かべる。
「そうと決まったら、まだお喋り出来るね♪」
彼女は心底嬉しそうに笑う。
アイシャはわたしより一つ年上だけど、そんなことを感じさせないほど表情が豊かだった。
そしてそんな彼女につられるように、わたしも笑みを浮かべる。
結局わたし達は夜遅くまでお喋りをして、そのまま眠ってしまった―――。
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