第1章 勇者任命篇
第4話 任命
意気揚々と―ではないけれど、わたしはシルフィさんと共に街を出発した、ハズだった。
だけどシルフィさんはウチの店の前から街の外には出ずに、馬車の停留所に向かっていた。
わたしはその理由が分からず、前を歩くシルフィさんに尋ねる。
「あの……シルフィさん。なんで停留所に向かってるんですか?」
「馬車の方が目的地に早く着くので」
シルフィさんは前を向いたまま、そう答えた。
「目的地、ですか……?」
「ええ、これから帝都に向かうわ。そこで皇帝陛下に、正式に『勇者』として任命してもらう必要があるの」
シルフィさんの口から、とんでもない大物が出て来た。
皇帝とはこの国の国家元首で、東大陸東部に位置する帝国を治める存在だ。
わたしはこれからその人物に会って、正式に『勇者』だと任命されなければならないらしい。
そうこうしているうちに、停留所に着いたので帝都行きの馬車に乗る。
この街からだと、およそ三時間ほどの道のりだった。
馬車の中には、わたし達の他にも数人乗っていた。
ちょうどわたし達が最後の乗客だったらしく、わたし達が乗った少し後に馬車が動き出した―――。
◇◇◇◇◇
帝都に着くまでの間特にやることもないので、わたしは腰に吊り下げた魔法袋から本を取り出して、読書を開始する。
今読んでいるのは魔法について書かれた本、いわゆる魔道書だった。
すでに何度か読破したけど、暇潰しにはちょうどいい。
現代の魔法体系は、わたしが『魔王』だった時代と変わっていなかった。
魔法は大きく分けて三つある。
一つ目は、攻性魔法。
名前の通り攻撃用の魔法で、『初級』『中級』『上級』『超級』の四階級、『火』『風』『土』『水』『氷』『雷』『光』『闇』の八属性で構成されている。
二つ目は、防性魔法。
攻性魔法の逆、つまり防御用の魔法で、『回復』『防御』『防壁』『耐属性』の四種類がある。
『防御』と『防壁』って同じでしょ、と思うかもしれないけど、実際は違う。
『防御』は個人用なのに対して、『防壁』は複数人を守る魔法だ。
三つ目が、補助魔法。
先の二つに分類されない魔法は全て、こちらの分類になる。
そのせいなのか、この魔法はとても種類が多く、代表的なものとしては『身体強化』や『索敵』がある。
そしてとても興味深いのは、現代でも超級魔法の使い手は極僅かだということだ。
超級魔法は文字通り必殺の魔法だったから、わたしが『魔王』だった時代でも使い手は限られていた。……わたしはその使い手の一人だったけど。
そんな魔法が、技術も文化も進歩した現代でも使い手が限られているということに、最初は驚いた。
パラパラと魔道書を読み進めて行き、わたしはふと疑問に思った。
……今のわたしでも、超級魔法って使えるのかな?
前世では使えていたから、使える……とは思う。
けれど前世と今世では決定的な違いがあった。
それは、種族の違いだった。
前世はとある魔族だったのに対して、今世のわたしの種族は人間族だった。
種族の違いによって魔法発動の可不可は決まらないけど、不確定要素としては十分だった。
……後で確認しておこう。
わたしがそう決意するのと同時に、シルフィさんが声を掛けてきた。
「アリシアさん。もうすぐ帝都に着くわよ」
その言葉を受けて、わたしは本を閉じ魔法袋にしまった―――。
◇◇◇◇◇
馬車から降りて、辺りを見渡す。
当たり前だけど、わたしが住んでいた街よりヒトが多かった。さすが帝都。
「行くわよ、アリシアさん。付いてきて」
わたしはシルフィさんの指示に従って、彼女の後を付いていく。
しばらく歩き、わたし達は皇帝陛下がおわす城にたどり着いた。
シルフィさんの姿を確認した衛兵のヒトは、用件を聞くことなくあっさりと城内に案内した。
普通は用件を尋ねてから中に入れるのに、それがなかったことに疑問を抱く。
だからわたしは、前を歩くシルフィさんにその理由を尋ねる。
「シルフィさん。顔パスで城の中に入りましたけど、なんでなんですか?」
「それはね、今日『勇者』様をお連れすると陛下にお伝えしたからよ」
「ああ、なるほど」
わたしは納得して頷く。
そして王の間までたどり着き、シルフィさんは扉を開ける。
扉から真っ直ぐに赤いカーペットが敷かれており、その先には玉座があった。
そしてそこには皇帝陛下がいたのだが、皇帝はわたしとさほど年の変わらない少女だった。
皇帝と言うから、髭をたくわえたオジサンをイメージしてたので、これは予想外だった。
その正体に面食らっていると、シルフィさんが平然と皇帝に近付いていくので、わたしも慌てて彼女の後を追う。
この場にはわたし達の他に、この国の貴族らしきヒト達もいた。
シルフィさんは玉座の前まで行くと、その場で跪く。わたしも彼女に倣う。
シルフィさんは頭を垂れながら、皇帝に報告する。
「陛下、『勇者』様をお連れいたしました」
「うむ。ご苦労であった、『疾風の戦乙女』よ」
『疾風の戦乙女』というのは、シルフィさんの冒険者としての異名、通り名だった。
皇帝がわたしの方に目を向ける。
「して、そちらの『勇者』よ。そなたの名を教えてはくれんか?」
見た目とは裏腹に仰々しい喋り方をするなぁ……という感想を呑み込んでから、わたしは名乗る。
「わたしの名は、アリシアと申します」
「アリシアか、良き名だ……。アリシアよ、そなたに『勇者』として『魔王』討伐を命じる」
「はっ!」
わたしは顔を伏せたまま、勢い良く返事をする。
「うむ。『魔王』討伐に向かう前に、そなたに我が城の宝物庫に眠る武器を授けよう。何を欲する?」
皇帝がそう仰ってくるけど、わたしの意思はすでに固まっていた。
わたしは伏せていた顔を上げ、皇帝の顔を見据える。
「お言葉ですが、陛下。わたしはそんなモノ一切必要ありません」
「そんなモノ、とな……?」
「はい」
わたしがそう言うと、皇帝の雰囲気に僅かだけど怒気が孕む。
「宝物庫に眠る武器はどれも業物ぞ。それを蹴る理由があるのか?」
「はい、あります」
皇帝の質問に即答して、わたしは腰に吊るした剣に軽く触れながら続ける。
「わたしは母が授けてくれた聖剣と、父がわたしのために打ってくれたこの剣しか使いませんし、使いたくありません」
そう言ってわたしは、皇帝の目を真っ直ぐに見つめる。
皇帝もわたしの目を見つめるけど、やがて彼女は目を閉じた。
「……よかろう。そなたの意思を尊重しよう」
皇帝はそう言うと、玉座から立ち上がる。
「皆の者! 我が名においてアリシアを正式に『勇者』と任命すると共に、『魔王』討伐の任を命じる!」
皇帝がそう宣言すると、王の間は拍手で溢れかえった。
こうしてわたしは、正式に『勇者』となった―――。
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