第3話 旅立ち
翌日。
わたしはシルフィさんが滞在している宿屋に向かっていた。
この街には宿屋が一軒しかないから、迷うようなことはなかった。
宿屋に入り、ここの従業員のヒトにシルフィさんが泊まっている部屋がどこか教えてもらう。
その場所を教えてもらった後、お礼を言ってから二階に上がる。
そしてこの階の一番奥の部屋まで行って、ドアをノックする。
この部屋にシルフィさんが泊まっているらしい。
中から返事があったので、わたしは部屋に入る。
シルフィさんはベッドの端に腰掛け、自らの武器である剣の手入れをしていた。
わたしの姿を確認すると、彼女は剣を鞘にしまった。
「いらっしゃい、アリシアさん。適当に座って」
「失礼します」
わたしはそう言ってから、部屋の中にあった椅子に座りシルフィさんと向かい合う。
「ここに来たということは、返事が決まったのね?」
「はい」
シルフィさんがくだけた口調でそう尋ねてきたので、わたしは頷く。
彼女はわたしと二人きりの時は今みたいにくだけた口調だけど、他のヒトがいる時は丁寧な口調になる。
わたしがシルフィさんのことを姉のように慕っているのと同じように、シルフィさんもわたしのことを妹のように可愛がってくれているのかもしれない。
だから他人の前ではわたしにいい所を見せようと、丁寧な口調で喋るのだと思う。
わたしは両親が背中を押してくれた、わたしの意志をシルフィさんに伝える。
「シルフィさん。わたしは……『魔王』の討伐に向かいます」
「そう、分かったわ。準備もしなきゃいけないから、そうねぇ……」
シルフィさんは顎に手を当てて、考え事をする。
けれどそれも数秒のことで、再びわたしと目を合わせる。
「明後日にこの街を出発する、ってことでいい?」
「はい」
わたしは頷く。
それから当日の集合場所をウチの店に決めてから、わたしはシルフィさんの部屋を後にした―――。
◇◇◇◇◇
家に戻り、店番をしていたお母さんに明後日にこの街を出発する旨を伝える。
「そう、寂しくなるわね……」
そう言って、お母さんは顔を伏せる。
けれどそれも一瞬のことで、お母さんは顔を上げる。
「さ、アリシア。お父さんにも伝えて来なさい」
「うん、分かった」
お母さんに促されて、わたしは工房に向かう。
工房からは、一定のリズムで金属が打たれている音が響いていた。
「お父さん、入るよ?」
わたしはそう一言声を掛けてから、工房の中に入る。
お父さんは何かの武器を作っていたようで、真剣な表情で熱した金属を打っていた。
そのせいか、さっきのわたしの言葉は聞こえていなかったようだ。
「お父さん?」
わたしが再び声を掛けると、お父さんは慌てた様子でわたしの方に振り向いた。
「……!? あ、ああ……アリシアか、お帰り。いつの間に帰って来てたんだ?」
「ついさっきだけど……何作ってたの?」
わたしが尋ねると、お父さんはさっきまで打っていた金属を自分の身体を使って、わたしから見えないように隠す。
見ようとして位置を移動しても、お父さんも動いて意地でもわたしに金属を見せようとしなかった。怪しい。
「……なんで隠すの?」
「……仕事とは関係ないモノだからな」
お父さんはそっぽを向いて、そう答えた。
「サボってたの?」
「いや、サボってなんかいないぞ? ……それよりも、俺に用があって来たんじゃないのか?」
お父さんが強引に話題を変える。
……何か隠してるのは明らかだけど、まぁいいか。
わたしは気持ちを切り替えて、お父さんに伝える。
「お父さん。わたし、明後日にこの街を出発するよ」
「そうか……寂しくなるな」
お父さんはそう言って、チラリと背中に隠した金属を見る。
「……明日までに間に合うか?」
お父さんは何かボソボソと呟いていたけど、うまく聞き取れなかった。
お父さんは再びわたしの方に目を向ける。
「教えてくれてありがとう。俺はこれからやることがあるから、アリシアはリサの手伝いをしてくれ。ほら、行った行った」
お父さんに半ば締め出されるような形で、わたしは工房を出る。
そしてお母さんの手伝いをするために、店の方に向かった―――。
◇◇◇◇◇
そしてわたしがこの街を出発する前夜。
わたしの旅立ちを祝うかのように、たくさんの料理がテーブルに並べられていた。
「腕を振るったから、遠慮せずにいっぱい食べてね?」
お母さんが笑顔でそう言う。
わたしはテーブルの上に並んだ料理を次々と口に運び、舌鼓を打つ。
しばらくはお母さんの料理が食べられなくなるから、一口一口味わって食べる。
テーブルの上の料理がほぼなくなった時に、お父さんがわたしに言う。
……お父さんは徹夜で何かを作っていたらしく、目の下に隈があった。
「アリシアに渡したいモノがあるんだ」
お父さんはそう言って席を立つと、何故か工房のある方に向かって行った。
理由が分からずに首をひねりつつお母さんの方を見ると、お母さんは理由が分かっているのか、ただ静かに微笑を浮かべていた。
しばらくしてお父さんは戻ってきたけど、その手には鞘に納められた剣を持っていた。
そしてわたしの前に立ち、わたしにその剣を差し出す。
「アリシアのために打った剣だ。受け取ってくれ」
わたしはお父さんから剣を受け取り、鞘から引き抜く。
わたしのために打ったというのは嘘ではないようで、お父さんが普段は使わないミスリルでこの剣は出来ていた。
お父さんが昨日打っていたのは、この剣なのだろう。
一応鍛冶師の娘でもあるから、どんな材料で製造されたかは大雑把だけど見ただけで分かる。
ミスリルというのは、物理耐性が高いアダマンタイトと魔法耐性が高いマナタイト、この二つの金属の特性を併せ持った金属のことだ。
ミスリルはわたしが『魔王』だった時代には無くて、今から百年くらい前に見つかったらしい。
そのせいかミスリルは未だに希少性が高く、それで作られた武器がほとんどないほどだった。
わたしが剣を鞘に納めると、お父さんが呟く。
「アリシアには聖剣があるから必要ないと思うが……」
「ううん、そんなことないよ。お父さんが丹精込めて作ってくれたこの剣、大切に使わせてもらうね?」
わたしはぎゅっと剣を抱き締めながら、笑顔でそう答えた―――。
◇◇◇◇◇
夜が明けて、とうとうわたしが旅立つ日がやってきた。
ウチの店の前には、シルフィさんが迎えに来ていた。
わたしは見送りをする両親と、別れの挨拶を交わす。
「それじゃあ行ってくるね」
「頑張れよ」
「身体には気を付けてね」
挨拶を交わして、無性に寂しくなったわたしは二人に抱き着く。
二人は何も言わずに、左右からわたしを抱き締め返す。
……この温もりがあれば、わたしは頑張れる。
名残惜しいけど、わたしは二人から身体を離す。
旅立ちは笑顔で、と決めていたので、わたしは満面の笑みを浮かべる。
「いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
その言葉を聞いてから、わたしは両親に背を向ける。
そしてシルフィさんと共に、わたしは生まれ育った街を出発する。
『魔王』討伐に向けての旅が今、始まった―――。
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