第2話 勇者の子孫
わたしは聞き間違いかと思い、シルフィさんに聞き返す。
「えっと……もう一度言ってもらえますか?」
「はい。『勇者』の血を引くアリシアさんに、『魔王』の討伐をお願い申し上げます」
……どうやら聞き間違いじゃないようだ。
というか、気になる単語がシルフィさんの口から発せられていた。
『勇者』。
まさかまたその称号を耳にするとは、思ってもみなかった。
そして何の因果か、前世が『魔王』だったわたしは『勇者』の子孫のようだった。
とそこまで考えて、あることに気付く。
わたしが『勇者』の子孫ということは、両親のどちらかが『勇者』の血を引いていたということだ。
だけどどちらも、そうとは思えなかった。
二人共穏やかな性格だから、『勇者』という単語とうまく結びつかなかった。
つまり―わたしが『勇者』の子孫というのは、何かの間違い。
わたしはそう結論付けると、シルフィさんに反論する。
「何かの間違いじゃないですか? わたしが『勇者』の血を引いているだなんて」
「あら? 聞かされてないんですか?」
「え……?」
……聞かされてない?
わたしが首を傾げたちょうどその時、お母さんが帰って来た。
シルフィさんの姿を確認すると、彼女に挨拶をする。
「あら。こんにちは、シルフィさん」
「こんにちは。お久しぶりです、リサさん」
「今日はお店にどんな御用?」
「今日はアリシアさんに用があって……」
「ねぇ、お母さん。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
わたしはシルフィさんの言葉を遮って、カウンターから身を乗り出すようにしてお母さんに尋ねる。
するとお母さんは笑顔で頷く。
「ええ、なぁに?」
「わたしって、『勇者』の血を引いてるの?」
「……ええ、そうよ」
お母さんは首を縦に振る。
「どっちが『勇者』の家系なの?」
「私の方よ。……それにしても、どうして突然そんなことを聞いてきたの?」
「それについては、私がご説明いたします」
シルフィさんがお母さんに一歩近付いて、今日ウチの店に来た理由を告げる。
それを聞いた後、お母さんは少しの間考え事をするように目を瞑る。
そして目を開き、わたしを見据える。
「アリシアはどうしたいの?」
「わたしは……」
わたしは悩む。
『勇者』の血を引く者として、『魔王』を討伐しなくてはいけないと思う。
だけどわたし個人としては、この家で両親と一緒に、いつも通りの日常を送りたいという気持ちが強かった。
二つの気持ちの板挟みになって、わたしはすぐに答えることが出来なかった。
だから―――。
「……ごめんなさい、シルフィさん。返事はあとでもいいですか?」
わたしはそれしか言葉に出来なかった。
だけどシルフィさんは嫌な顔することなく、わたしの言葉を受け止めた。
「はい、いいですよ。返事が決まったら教えてください。私はこの街の宿屋に滞在していますので」
そう言ってシルフィさんは、わたし達に一礼してから店を出ていった―――。
◇◇◇◇◇
その日の夜。
わたしはリビングで両親と向き合っていた。
昼間のことを相談したかったからだ。
「それで、アリシアはどうしたいんだ?」
お父さんが尋ねてくるけど、わたしは逆に尋ね返す。
「それよりもまずは教えて。わたしは本当に『勇者』の血を引いてるの?」
「ええ、本当よ」
お母さんが頷く。
「証拠は?」
「証拠は、そうねぇ……アリシア、ヘアピン貸してくれる?」
「……? いいけど……」
わたしは前髪の一部を留めていた白いヘアピンを外して、お母さんに手渡す。
お母さんはお礼を言ってから、ソレを受け取る。
「今から証拠を見せるわ」
お母さんはそう言って、ヘアピンに魔力を込める。
するとヘアピンは姿を変えて、白い刀身を持つ剣の姿になった。
その姿には見覚えがあった。
わたしが驚きで目を見開いていると、お母さんは笑顔で続ける。
「これがウチの家系に伝わる聖剣よ。『勇者』の血を引いてなければ扱えないから、十分証拠になると思うけど」
「うん……」
わたしは上の空で返事をする。
綺麗な刀身に目を奪われたのもあるけど、前世のわたしを殺した剣が目の前にある驚きの方が強かった。
お母さんは再び聖剣に魔力を込めて、ヘアピンの姿に戻す。
そしてそれをわたしに手渡してくる。
「アリシアにも出来ると思うわ。やってみて?」
「うん」
わたしはお母さんに倣うようにして、ヘアピンに魔力を込める。
そしてヘアピンは剣の姿になった。
……これでわたしが『勇者』の血を引くことが確定した。
わたしはそう思いながら聖剣を再びヘアピンの姿に戻して、前髪に留める。
「今まで黙っていてごめんね? アリシアには普通の女の子として育って欲しかったから……」
「ごめん、アリシア。さすがに怒ってるよな?」
二人揃って頭を下げてくるけど、わたしはお父さんの言ったことを否定するように首を横に振る。
「ううん、ちっとも怒ってないよ。わたしのためっていうのは分かったから」
嘘偽りのない本心だった。
二人がわたしのことをとても愛してくれているのは普段から分かっているので、こんなことで怒るなんて万が一、いや……億が一にもあり得なかった。
わたしの言葉に、二人は顔を上げてほっと安堵の息を溢す。
お父さんは気を取り直して、またわたしに尋ねてくる。
「それで最初の質問に戻るけど……アリシアはどうしたいんだ?」
「わたしは……」
わたしは昼間の内に、悩みに悩んで出した結論を口に出すか躊躇う。
受け取り様によっては、親不孝だと思われても仕方ないからだ。
そんなわたしを見かねたのか、お父さんが助け船を出す。
「アリシアがどんな結論を出していたとしても、俺達はアリシアの意志を尊重する。それが親としての務めだ」
お父さんの言葉に同意するように、お母さんも頷く。
お父さんの言葉で、わたしの覚悟は決まった。
わたしは自分の意志を、両親に伝える。
「お父さん、お母さん。わたしは……『魔王』の討伐に向かうわ」
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