転生した元魔王、勇者となって世界を巡る

天利ミツキ

序章 魔王転生篇

第1話 転生


 身体から、どんどんと熱が喪われていく。


 その証拠に、わたしの胸元に空いた穴から溢れた血によって、地面に真っ赤な池が作られていた。


 わたしは地面に仰向けで横たわりながら、天に向かって手を伸ばす。


 ――『魔王』のわたしが『勇者』に倒されたことで、人類と魔族の醜い争いは終焉を迎える。


 ――わたしとの約束をあの『勇者』が守ってくれれば、世界には平和が訪れる。


 そんなことを考えている間にも、わたしの意識がだんだんと薄れていく。


 ――ああ、だけど……。


 天に向かって伸ばしていた手が、力無く地面に落ちる。


 ――一度でいいから、平和になった世界を見てみたかったなぁ……。


 わたしの意識はそこで途切れた―――。




 ◇◇◇◇◇




 目が覚めると、一組の男女がわたしの顔を覗き込んでいた。


 ……いったい何がどうなっているの? わたしは死んだんじゃないの??


 わたしは混乱した頭のまま、手を目の前に翳す。

 その手はとても小さく、まるで赤ん坊の様だった。

 と言うか、今のわたしは赤ん坊そのものだった。


 改めて状況を確認する。

 わたしは今、目の前で微笑んでいる女性に抱き抱えられている。

 たぶんこのヒトがわたしの母親だろう。とても綺麗な女性だった。


 そして彼女の傍に寄り添っている男性が、わたしの父親だろう。人当たりの良さそうな、優しい顔付きをしている。


「可愛いな」

「そうね。私達の娘だもの」


 二人がわたしを見ながら、そんな言葉を交わす。

 すると何かを思い出したかのように、女性が男性の方に顔を向ける。


「そうだ。この娘の名前を決めなくちゃ」

「そうだなぁ……どんなのがいいかなぁ……」


 わたし個人の意見だと、変な名前じゃなければなんでも良かった。


 二人はわたしの名前を決めるのに頭を悩ませていたけど、しばらくして女性が閃いたような顔をする。


「……アリシア、ってどう?」

「アリシアか……いいんじゃないか?」


 女性の提案に、男性が笑顔で頷く。

 そして女性が再びわたしの顔を覗き込んでくる。


「今日から貴女の名前はアリシアよ。これからよろしくね、アリシア」


 母親の言葉にわたしは返事をする―代わりに、笑顔を浮かべた。


 ……言葉を発せないのは不便だけど、こればかりは時間の流れに身を任せるしかない。


 わたしの笑顔を見て、二人もまた笑顔になった。




 こうしてわたし、『魔王』アリュシーザ……アリシアは、二度目の人生をスタートさせた―――。




 ◇◇◇◇◇




 それから十五年の月日が経過した。


 わたしは両親の愛情を一身に受けて、大きな病気や怪我をすることもなく、すくすくと成長した。


 ちなみに両親の名前は父親がアルトで、母親がリサだった。

 二人共十五年経った今でも、まるで新婚のように仲がとても良かった。


 そして十五年生きてきて分かったことは、どうやらわたしは転生した様だった。

 そうでなければ、産まれてすぐの頃に今際の際の記憶があることに説明がつかないからだ。


 それと、今の時代はわたしが死んでから千年後の世界の様だった。

 わたしの時代になかった文化や技術があって、とても刺激的だった。


 それからこれが一番重要だけど―今の時代は平和そのものだった。


 わたしは前世では叶うことがなかった、平和な世界での生活を心の底から満喫していた―――。




 ◇◇◇◇◇




「……アリシア〜、朝よ〜。早く起きなさ〜い」

「…………ふぁ〜い」


 下の階からお母さんの声が聞こえて、わたしは目を覚ます。

 だけどまだ眠くて、しばらくベッドの中でもぞもぞとする。

 お気に入りの本を寝る前に読んでいたせいで、ちょっとだけ夜更かしをしてしまった。


 うとうととしてきて二度寝に突入しようとした時に、部屋のドアが開かれてお母さんが乗り込んできた。


「ほらアリシア、朝よ。起きなさい」


 そう言ってお母さんは、わたしから毛布を剥ぎ取る。

 朝特有の冷気がわたしの全身を刺激して、今度こそ目を覚ます。


「……おはよう、お母さん」

「おはよう、アリシア。朝ごはんはもう出来てるからね」

「ふぁ〜い……」


 わたしが欠伸混じりにそう返事をすると、お母さんは部屋を出ていった。


 わたしはベッドから立ち上がって、クローゼットに向かう。

 そして寝間着から普段着に着替えて、部屋を出る。


 階段を降りていき、裏口から外に出る。

 井戸から汲んだ水を桶に移して、顔を洗う。


 途中脱衣所に寄って取ってきたタオルで顔を拭いて、わたしは水面に映った自分の顔を眺める。


 母親譲りの栗色の髪を肩甲骨辺りまで伸ばしていて、父親譲りの琥珀色の瞳をしていた。前髪の一部は、お母さんにもらった白いヘアピンで留めている。


 顔付きも母親に似ていて、街のヒト達からはまるで姉妹のようだとの評判を受けていた。

 ……あと、慎ましやかな胸も母親譲りだった。


 前世も貧……もとい慎ましやかだったのに、今世もとか……。呪いか。呪いなのか。


 わたしはそんな思考を振り払うように、もう一度顔を洗って感情も思考もさっぱりさせる。

 そして桶に残った水をそこら辺の草花に撒いてから、家の中に入った―――。




 ◇◇◇◇◇




 リビングに向かうと、すでにお父さんは席に座っていた。

 一仕事終えた後なのか、頭にタオルを巻いていた。


 わたしの家は武器屋を営んでいて、お父さんは鍛冶師として武器を作り、お母さんは店に来たお客さんの接客をしていた。


 わたしも接客を手伝っている。

 前世が『魔王』だったから、接客業はなかなかに新鮮だった。


 閑話休題。

 わたしはお父さんに朝の挨拶をする。


「おはよう、お父さん」

「おはよう、アリシア」


 それからわたしはキッチンに向かって、お母さんの手伝いをする。

 手伝いと言っても、料理はすでに出来上がっているので、それをテーブルに運ぶだけだった。


 今日の朝ごはんは、こんがり焼けたトーストとトマトのサラダ、それとオニオンスープだった。


「「「いただきます」」」


 そう言ってから、わたし達は朝ごはんを食べ始める。


 そしていつも通りの日々が始まる。

 この時のわたしはそう思っていた―――。




 ◇◇◇◇◇




 わたしは店のカウンターにある椅子に座りながら、店番をしていた。

 お父さんは工房で鍛冶に精を出し、お母さんはこの街に駐屯している騎士団に武器を納入しに出掛けて行った。


 今日は珍しくお客さんが来ないなぁ……と思った矢先、店の入口にあるベルが鳴る。

 すると、見知った顔の女性が入ってきて、カウンターにいるわたしに声を掛けてくる。


「こんにちは、アリシアさん」

「あれ、シルフィさん? こんにちは、お久しぶりです」


 シルフィさんはエルフ族の女性で、ウチの店をよく利用する常連客だった。

 そして彼女は凄腕の冒険者でもあるので、彼女が店に立ち寄る度にわたしは剣の稽古をつけてもらっていた。


 わたしは彼女に用件を聞く。


「今日はどんな御用ですか?」

「今日はお店に用があって来た訳ではなくて、アリシアさん個人に用があって来たの」


 ……はて? わたし個人に用とな?


 わたしは首を傾げる。

 そんなわたしの疑問を解決するように、シルフィさんがわたしに告げる。


「アリシアさん。『勇者』の血を引く貴女に、『魔王』討伐をお願い申し上げます」




 …………今、なんと?



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