第3話

 夏休みのある日、わたしと青葉は、明人を誘って近所の山へ出かけることにした。

 なぜかといえば、宿題の自由研究のためだった。去年は、家族で町の郷土資料館へ行き、展示されていた土器や土偶のイラストを描いて、図鑑のようにまとめた。それはなかなか褒められたので、今年も似た路線で行こうということになっていた。土器以外で、いろいろな種類があり、絵に描きやすく、簡単に集められるもの、となると、山に生えている木の葉っぱなんかがよさそうだった。

 わたしたちは明人の家に行き、裏庭へ回って、一階にある彼の部屋の窓をたたいた。これは明人の父親からこうするように言われたことだった。もう仲良しなのだし、わざわざ玄関から入ってもらうこともないから、と言われたけれど、たぶん本当は、青葉の顔を見たくないからじゃないか、と思っていた。

 窓辺に明人が顔を出し、しばらくして、横の縁側から彼が出てきた。首には例のペンダントがぶら下がっている。

「山へ行こう」

「どの山?」

「どの山でもいいよ。木が生えていれば」

 明人の家は集落のはずれの高台にあって、数分も歩けばもう山のすそに入り込む。木々がうつそうと茂っていて、昼間なのに薄暗い。古びた灰色のアスファルトが蛇行しながら、そのずっと奥まで続いている。

 ある程度のところでわたしたちは道路を外れ、葉っぱを集め始めた。あまり遠くへ行くな、と明人が言ったけど、気にしなかった。わたしと青葉は、手の届く何種類かの葉をちぎって、あらかじめ用意してきたジッパー付きの袋に入れた。

 標本にバリエーションが欲しかったわたしたちは、もう少し上ってみることにした。山の奥にはまだ舗装された道が続いている。この道の先に何があるのか、明人も知らないという。少し興味があった。

 夏山の風景にすっかり魅了された青葉が先頭を歩き、数メートル遅れて、わたしと明人が続いた。山の風は生ぬるく、セミの鳴き声がシャワーみたいにわたしたちを包んでいた。こんなふうに明人とわたしが一緒になることは少ない。この機会にちょっといじわるな質問をしてみようと思った。

「ねえ」わたしは明人の耳に唇を近づけて、ささやいた。「青葉のこと、どう思ってるの?」

 彼は不思議そうにわたしを見つめ返した。どうしてそんなことを聞くのか、とでも言いたげだ。

「青葉のこと、本当に好きなの?」

「好きだよ。だって青葉は……恋人、だから」

「それって本当に恋人かな?」

「どういう……」

「本当は青葉なんていなければいいと思ってるんじゃない?」

 青葉がいなければ、青葉にあんな怪我さえ負わせなければ、明人は自由でいられた。違う好きな子と遊べたし、青葉と遊ぶにしたって、もっと自分らしく振る舞えた。でも、今はそうじゃない。青葉を怒らせたら、やっぱり許さないと言われたら、彼や彼の両親は厄介な目に遭う。

 わたしの質問の意味を理解したのだろう。明人はきっとわたしをにらみつけた。

「よくそんなひどいことが言えるね。自分の妹なのに」

 そう言われて、わたしも憤慨した。

「青葉のことは大好きだし、何があってもわたしはあの子の味方だよ。でも、明人はそうじゃないでしょ」

「おれだって青葉が好きだ」

「そう言えって、お父さんとお母さんに言われてる?」

「違う!」

 彼の大声が山に響き渡り、近くの茂みで鳥が飛ぶようなばさばさという音が鳴った。前を歩いていた青葉が振り返り、困った顔で笑う。

「夏日、明人を怒らせないで」

「ごめんごめん」

「明人もごめんね。夏日がひどいこと言ったんでしょ」

「……別になんでもないよ」

 ほら、噓をつくじゃないか。だからわたしは、明人を信用できなかった。

 今度は明人が先頭を歩き出した。青葉とわたしがその後に続く。小声で、青葉が尋ねてきた。

「さっき、明人に何を言ってたの?」

「えっとね、明人が本当に青葉のことを大切に思ってるのか気になって」わたしはそこそこ正直に答える。「だってほら、熊が出るかもしれないでしょ。明人が青葉を置いて逃げるようなやつだったら困るじゃない」

 すると青葉はくすくす笑った。傷のあるほうの頰がぐにゃりとゆがむ。

「それ、これから起きる『お話』の続き?」

「まさか。たとえばの話だよ」

 わたしがそう答えると、青葉は考えるような仕草をして、それから言った。

「明人は……優しい人なんだよ。強くはないし、熊と戦ったら絶対に負けちゃうけど……でも優しいから、だから、一緒にいてくれると思う」

 彼女は、いつもの柔らかい声で、でも、はっきりと自信に満ちた口調でそう言った。だから、わたしは青葉の言うことを否定しきれなくなった。もしかすると明人は青葉の言う通り、優しい性格なのかもしれない。見返りを求めているんじゃなくて、純粋に青葉が気の毒だから、彼女に付き合ってやっているのかもしれない。

 とすれば、明人もわたしも、実は同じことをしているわけだ。そう思ったとき、ふと、明人が足を止めた。

 わたしたちの内緒話が聞こえてしまったのだろうか、と心配した。でもそれはゆうで、近づいてみると、明人は道路脇を指差していた。

「ねえ、あれ、なんだろう」

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