第3話 親離れ
「待ってよ。どこ行くの? 玄関はあっちだってば」
「いいから着いて来なさいって」
街へ買い物に出かけようとしていた二人は、何故か衣装部屋に足を踏み入れた。ヴィンセントは部屋の埃臭さにくしゃみをして「少し休みたい」と訴えたが、それは呆気なく却下される。買い物が終わった後ならいい、とアニータは古くて色褪せたクローゼットを示しながら言った。ドアを開けて中を覗き込む。
「君と同じローブしかない」
「かかってるものは何でもいいの。さ、街へ行くわよ」
「へ?」
何を言っているのか理解できずにいると、アニータはハンガーにかかった衣服をかき分けて、さっさと奥の暗闇へと消えて行った。
「置いてかないでよ!」
少女の姿が見えなくなったことに慌てて、ヴィンセントもクローゼットの中に続く。本来あるはずの背中の板はなく、暗闇がいつまでも付きまとい、挙動不審になりながら少年は歩みを進める。一体、アニータはどこに行ったのだろう。
少しもすれば入る時と同じような光景が見えた。ハンガーと黒いローブ。その間を縫って行くと腰に手を当てて仁王立ちしているアニータが少年を待っていた。
「遅い」
「だって先に行っちゃうから……これ、どうなってるの?」
「ここは古都ヨリプトよ。で、この屋敷は魔導士会の所有物なの。本部は都市から離れていて不便だから、土地を買って家を建てて、対になってるクローゼットで行き来できるようになってるってわけ。そういえばもう一つのクローゼットが衣装部屋にあったでしょ? あっちは新都ミンスタインに繋がってるわ。両方とも仕事で頻繁に使うから覚えておくのよ」
「へえ……魔法の道具かあ……」
途端に楽しくなって来たヴィンセント。今まで魔法なんて幻想の中の話だと思っていたが、それをこの目で、しかも目の前で見て体験していると気持ちが高ぶってくる。それにだ、これからは自分も使えるようになるなんて考えれば、気分は最高潮に達してしまいそうだ。
「ねえ、僕ももう魔法が使える?」
「使えないわよ」
たったその一言、アニータにとっては何気ない言葉だっただろうが、興奮していたヴィンセントの気持ちを一瞬にして打ち砕いた。頭が真っ白になり、彼女の言葉を理解するまで数秒ほど要した。
「えっ、でも、僕は霊薬を飲んだから……」
「確かに、副作用を乗り越えた時点で人間ではなくなってる。でも、その後に控えてる儀式を受けなければ魔導士として魔法は使えないのよ」
「家族の前では「魔導士になりました〉って言ってたじゃないか!」
「うるさいわねえ……あれは建前で言っただけ。息子さんが人間ではなくなりました! なーんて言えると思う? どれもこれも決まりなんだからごちゃごちゃ騒がないで。明日の儀式で星の力を授かれば魔導士になれるんだから、それでいいでしょ」
納得できなかった。ヴィンセントはその不満を彼女にぶつける。
「決まり、決まり、決まりって一体どれが決まりなの? 教えてくれないくせにこれも決まり、あれも決まりってさっぱりわかんないよ! 今、僕はどんな状況なの? 教えてよ、アニータ!」
まさかこの気弱な少年がこんな大声を上げるとは思ってもいなかった。アニータの目は丸くなり、開いた口が塞がらず唖然としていた。怒りが募ったヴィンセントの頬は多少赤くなり、頭に血が上って興奮しているのがわかる。
「ねえ!」
はっと我に返るアニータ。とにかくヴィンセントを落ち着かせるために平謝りをして、彼が平静に戻ったところで、知りたがっていた……説明しなければならなかった……魔導士会の掟に着いて語り始める。
「掟は細かく決められていて、言葉で説明するとキリがないくらいなんだけど……とにかく、今、ヴィンセントに必要な部分だけ話すわね」
コホン。一度、咳払いをして続ける。
「魔導士は誰でもいいってわけじゃないの。十二星座のうち、一つの枠が空けば現役の会長様がその星座に相応しい人間を探し出す。それが適正者。そこから魔導士会より相手方にその旨を伝えて、後日、魔導士がその星座の霊薬を持って当人の元へ赴き、霊薬を飲ませて副作用の経過を確認する。無事に成功したら本部に連れ帰って儀式に向けての準備を始めるけど、ダメな時はふりだしに戻って探し直すのよ」
「ダメな時って……?」
また一呼吸を置く。
「死ぬ。霊薬の強い力で幻覚を見始め、精神異常をきたし、間もなく脳の神経が全ての伝達を停止する。つまり、筋肉も動かなくなるから心臓が止まって死んじゃうの。心不全、あるいはショック死。だからアンタはほんっとうに奇跡だったってわけ」
飲み込んだ生唾が喉を鳴らす。酷い死に方をするような命に関わる物を酒と間違えて飲むなんて、この話を聞いてから思い返すとまさに愚行だ。本来なら死んでいてもおかしくないのに、副作用を二日酔いだって? 暢気で愚かな自分に溜め息が出た。
「ま、全ては結果よ。結果が良ければどうだっていいの。実際、フィプスさんも会長様が適正者って言っただけで、副作用を乗り越えられる保証なんてなかったし……いや、今回はあたしが全面的に悪かったんだけど、過ぎたことだし後悔しても無駄よね。あんなセクハラ野郎よりも、アンタの世話をしてる方がよっぽどマシってものよ」
「セクハラ野郎? フィプスって人が?」
「そうなのよ! このヨリプトでは有名な名家の御子息だったんだけど、相次ぐ女性へのセクハラとか、それ関係の犯罪を起こしたせいで田舎の地主に養子へ出されたとんでもない極悪息子っていう噂でねえ。名家の後継者っていう肩書きは剥奪されたみたいだけど、その地主が治める土地で懲りずにセクハラ行為を繰り返してるとかなんとか。生憎、その人が適正者だったってわけだけど、そんな男の世話役なんて想像すると鳥肌が立ってくるわ……」
「な、何て言うか……不幸中の幸ってやつ?」
「アンタがそれを言わないの!」
「ご、ごめん……」
「えっと、話が逸れちゃったわね。どこまで話したっけ?」
「魔導士が誕生するまで」
「そうそう! というわけで、アンタはこれから魔導士になるための儀式を受けなきゃいけないってことね。星の力を授けていただいて、ようやく魔法が使えるようになって仕事にも取りかかれるわ」
「儀式については?」
「それは服を買ってから!」
「わ、わかった」
埃っぽい衣装部屋……クローゼットしか置かれていないが……を出ると、すぐリビングに入った。
ドライフラワーやおしゃれな家具で埋め尽くされたこの部屋には、香の良い香りが漂っている。磨かれたテーブルを前に洒落た椅子でくつろぐ一人の貴婦人。白い手袋をはめて、陶器製のティーカップでお茶を楽しんでいる。白髪混じりの黒い頭髪は後頭部でお団子のようにまとめられていて、真珠のピアスとネックレスが老いた肌を美しく引き立たせているように見えた。年齢を重ねたシワが多少目立っているが、その表情は凛としていて落ち着きがあって、透き通るような碧眼が二人に向けられる。
「あら、誰の声かと思えばアニータじゃないの。そちら様は?」
「ミレインさん。彼は新人のヴィンセントよ」
挨拶しろと言わんばかりの視線を少年に向けるアニータ。
「初めまして。ヴィンセント・クックです」
「あら、私の聞き間違いかしら。次の〈
「そ、それが……」
落ち込んだ様子でこれまでの経緯を説明していくアニータの表情は硬い。老いた貴婦人は真剣な顔で孫のような少女の話を聞き、それが終わったところでティーカップを置いた。
「……というわけで、あたしのミスでこうなっちゃって……」
「そう……私はそれについては咎めません。けれど、魔導士会の顔に少なからず傷が付くのはわかっていますね?」
「はい、もちろんです」
「養子に出されたと言っても彼は元ボールドウィン家の長男。何事もなく終わるとは思えません。アデル様からは何か?」
「いえ、ヴィンセントのご両親への手配をすることくらいしか……」
「ならば用を終えたらアデル様の元を訪れて指示を仰ぎなさい。明日の深夜までに片さなければ儀式を受けさせることはできなくてよ」
「わかってます、ミレインさん」
あの強気なアニータが、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんでしまっているようである。彼女をこんな状態にさせるこの貴婦人は一体……。
「大丈夫よ、アニータ。私もできることがあれば協力するから。初めてなのだから失敗して当然。それに私、ボールドウィン家とは昔からうまが合わなくて正直なところ反対していたの」
ふふっと微笑む貴婦人はヴィンセントに言った。
「ようこそ、魔導士会へ。私は〈
「よろしくお願いします……!」
「素直で良い子そうね。アニータ、先輩としてちゃんと面倒を見てあげるのよ?」
「はい!」
「それじゃあ、何事もなければ次は儀式の時にお会いしましょう」
「では、失礼します」
二人とも頭を下げ、元気に屋敷を飛び出して行く。貴婦人は「若いっていいわね」と呟き、再びティータイムを楽しむ方へ意識を移したのだった。
よく手入れされ、満開の花が埋め尽くす庭を駆け抜けて門をくぐると、生まれて初めて目にした光景にヴィンセントの気持ちは高ぶった。
大きな通りの真正面にそびえ立つ教会が印象的だった。そこに面して左右に伸びる大きな通りでは沢山の人間がひしめき合い、絶え間なく雑踏が耳に入ってくる。鎧を着た兵士が周囲を歩き回りながら目を光らせ、一方は両親と手を繋いではしゃぐ子供、昼間にも関わらず泥酔して誰彼構わず絡む年配の男、その側で男女のカップルが怒鳴り合っていたり、とにかく騒がしくて仕方ない。
「凄い人の数……」
「ヨリプトは皇帝一族の本家が治める国だから人が多くて当たり前よ。新都ミンスタインは分家の人間が統治してて、つい最近できた国なのよ。最近と言っても何十年も前だけど……さて、市場へ行く前に銀行へ寄らなきゃね」
「僕の給料を前借りするって言っていたけど、僕はまだ何も……」
「副作用を乗り越え、会長様に挨拶した時点で口座は開設されて給料は振り込まれてるのよ。会長様はほんと仕事が早いから……あ、給料は経験年数で上がっていくからね。ちなみに家族へ送られる額は既に差し引かれてるから安心して。一年目は月に一万ギル。その三分の二が家族に送られて、残りが自分に入る。足りなかったら個人で依頼を受けてどんどんこなしていくしかないってわけ。何もしてない家族に自分の給料が取られるなんて納得いかないかもしれないけど、中には子供を取られたとか思ったりする人々もいて、不憫に思った二代目の会長様が今の給料のシステムを作ったみたいよ」
「そうなんだ。でも、僕の親は……」
「はーい、そこまで!」
アニータは何かを言いかけたヴィンセントの口に手を当てて遮った。
「それ以上は考えちゃダメ。いい?」
「でも……」
「でもでもだってってうるさいわね。アンタはもう新しい人生を歩み始めて流のよ? 親は親、自分は自分。これからは自分の足で立たなきゃいけないんだし、いい加減、親離れしなさいよ。親の顔色ばかり伺ってるその考え方も捨てること」
少女にズバリ言われてしまったヴィンセントは返す言葉もなかった。
思い返せば、物心がついてからは親の言動にビクビク怯えながら過ごしていた記憶しかない。顔色や声の抑揚、動作、目線、全てに気を配ったりと、両親の機嫌に随分と振り回されてきた。こんなんじゃなかった。以前は普通の一般家庭。自給自足の生活で、余った野菜は隣家の住人と交換したりして、子供は夕飯時まで外で遊び回っていた。なのに、一軒、また一軒と家が潰れていき、気づけばクック家の小屋しか残っていない。長引く異常気象により畑は死に、人も死んでいった。訪れた突然の貧困で彼の両親も人が変わり、まだそれなりに動けるうちは盗みなんかも働いた時もある。それもできないくらいに衰弱して、幸か不幸か今回の出来事が舞い込んできて……。
「僕は父さんとかあさんに昔のような人に戻ってほしい。お金が入ればきっと元に戻るはず。だから僕、頑張って魔導士の仕事を全うするよ」
「その意気! と言いたいところだけど、あまり期待しないことね。物分かりの早いアンタなら、あたしが何を言いたいのかわかるでしょ?」
大きく頷くヴィンセント。たった今、覚悟したのだ。例え以前のような心優しく、いつも笑って過ごしていた両親が戻らなくても決して絶望しない、と。
「よし、じゃあ行くわよ。迷子にならないでね?」
しっかりと手を繋いだ二人は人混みの中へ踏み込んで行く。色んな人間と肩がぶつかり合ってヴィンセントの小さな体が人の流れに呑み込まれていきそうになるが、ぎゅっと掴んだ手は決して二人を離すことがなかった。
大通りから一本ほど入った曲がり角に銀行が建っていた。〈ジャクソン銀行〉と看板に書かれた建物の中に入った途端、雰囲気の変わりように驚く。
まるで外の騒がしい世界を遮断しているかのように静寂が立ち込めた店内には、カウンター越しに一人の人間が突っ立っているだけだ。その背後には天井まで続く棚とドアが一枚。カウンターの上には呼び鈴と、どっさり積み上げられた書類、ペンとインク瓶。壁には幾何学模様が描かれ、客用の椅子が三席ほど置かれているだけ。他には何もない。
「こんにちは、ハワードさん」
知り合いかのようにアニータがカウンターの奥に立つ初老の男に声をかける。男は貧相な格好をしたヴィンセントに一瞬だけ目をやり、客を眼の前にしたような、作りものの笑顔を浮かべた。
「こんにちは、アニータ嬢。今日は何用で?」
「ヴィンセント・クックの口座はできてるかしら?」
「ええ、既にオルビー様が開設なさっていますよ」
「千ギルほど口座からおろしたいんだけど」
「話はオルビー様から伺っております。少々お待ちくださいませ」
ハワードという男は一礼して、背後のドアを開けて姿を消す。
「もう話がきていたのかな?」
「言ったじゃない。会長様は仕事が早いって」
「お待たせいたしました。こちら、千ギルになります。またのご利用を」
戻って来たハワードが手にしていた膨らみのある白い小銭入れの袋を手渡されたアニータはそれを受け取り、「ありがとう」と一言残してすぐに店を出る。
「やっぱり銀行は息が詰まるわねえ……」
溜め息をついた少女は袋をヴィンセントに差し出す。
「はい、これアンタのお金。落とさないでしっかり持ってるのよ?」
「うん」
今まで感じたことのないお金の重みを体感するヴィンセント。あの貧乏な暮らしを続けるならば軽く五年くらいの生活費になる。そんなものを簡単に引き出せるアニータにも驚くが、今日来たばかりの少年の銀行口座を開設し、喉から手が出るほどの大金をすぐに振り込める魔導士会の財政力にも驚愕する。いったいどこからこんな金が入ってくるのだろう? と、ヴィンセントは不思議でならなかった。魔導士会の素晴らしい働きのおかげなのか、それとも別の……?
ぎゅっと袋を握り締め、二人は路地を出て開けた市場に足を運んだ。
賑わいはより一層強くなっていった。隙間がないのではと思えるくらい出店がひしめき合い、店主が客を呼び込むため声を張り上げる。それに惹かれた客たちはそれぞれ気に入った店の前で足を止めては商品を吟味している。ただ、人が多いだけあって兵士の数も目に見えて増えている。腰には剣が収まった鞘がぶら下がり、二人一組でぐるぐると辺りを巡回している。監視の目が獲物を探す鷹のようにぎらついていた。
「相変わらず混んでるわね……」
二人を繋ぐ手に力が入る。自分たちよりも背の高い人間の波の中をかき分けるように一直線に進んで行き、それを抜けると服屋の前に出た。
人混みというのは呼吸もできないくらいに苦しいものだった。特に人見知りで人間が苦手なヴィンセントは様々な人から漂ってくる香水や酒の香りで鼻がバカになり、頭がクラクラしていた。
「いらっしゃい」
女店主は訪れた二人の小さな客を歓迎した。
アニータは顎に手を当てて品を見定め、ヴィンセントを見ては唸ってまた考え込む。正直なところ、少年はどの服でもいいと思っていたが、あまりにも彼女が真剣に悩んでいるものだから口を挟めずにいた。
ややしばらく経って、ようやく「これだ!」と声を上げるアニータ。目当ての服を手に取り、ヴィンセントの前で広げてみる。黒の下地に空色の刺繍。首元は細身で、袖は少し膨らんでから手首で引き締まって、少々手が隠れるくらいの長さ。首から下の部分も余裕がある作りだが、レギンスは真っ黒でぴったりと密着しているのでバランスが取れている。それからブーツも膝下まである暗い茶色のシンプルな物を選び、着用する本人の有無を言わせず購入した。しめて九七◯ギル。三◯ギルだけが手元に残った。
「ちょっと使いすぎじゃないの?」
買い上げた品を抱きかかえるヴィンセントは不満を漏らすが、少女は全く聞き入れてくれない。
「しばらく着ることになるし、少しでも良い物の方がいいわよ。あ! アクセサリー屋さんが出てるじゃない!」
会話を中断し、アニータは目を輝かせて人混みの中に突撃していく。一瞬で見失い、人の流れに流されていくままのヴィンセントは、いつの間にかその渦から飛び出ていた。完全に迷子である。
「アニータ! アニータどこ⁉︎」
大声を張り上げるがすぐに雑踏に吸い込まれてしまう。マズい、帰り道も覚えていないし、唯一の頼りであるアニータとはぐれてしまった。誰かに声をかけるほどの勇気もないし、人々は自分のことで忙しいかのように早足で前を通り過ぎて行く。諦めたヴィンセントはこじんまりとした噴水の縁に腰をかけて一休みすることにした。
色んな人間を目で追うが少女の姿は見つからない。こんなにも一人になることが不安だなんて思ってもみなかった。これが自立していない証拠なのだろうか。親離れ、というより精神的な自立が全くできていない。いつも誰かと一緒で……。
「おーい、ヴィンセント!」
元気でよく通る声に顔を上げた少年。大きく手を振って駆け寄って来るアニータの手には何かが握られていた。
「ねえ、見てこれ。すっごく綺麗だったから買っちゃった!」
そう言って見せたのは二つの指輪。一つは細い金の指輪で小さなルビーが一個だけあしらわれている。もう一つはそれよりも少し太い銀の指輪に、更に小ぶりなサファイアが三個。ヴィンセントの手を取ったアニータはその銀の指輪を左手の薬指にはめた。痩せていて華奢で、それでいながら男性らしく関節が太い指によく似合っていた。
「あ、えっと……アニータ?」
「別に深い意味なんてないわよ!」
声を上げているアニータだが、頬は少し赤らんでいた。金の指輪を自分の左手の薬指にはめて、にっこりと微笑む。
「ま、魔導士になるお祝いってことよ。勘違いしないで」
「まだ僕、何も言ってないよ」
「買ってあげたんだから何も言わないの!」
「うん、わかった」
あまりにもあっさりとした返事に拍子抜けしたアニータだったが、彼の嬉しそうに指輪を見つめる様子を見て、つられるように少女もまた笑った。
……絶対にあたしが助け出してあげるから。
少女がそう決意した矢先だ。
「アニータ、ありがとう」
彼女が守りたいと願う少年は満面の笑みを浮かべて言った。無垢な笑顔にアニータは嬉しい反面、悲しみも感じていた。自分の人生と照らし合わせているかのように。
「……帰ろっか」
「うん」
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