無人島サバイバル十日目(後半)

ポッ!


ボタボタボタボタッー!!


「うおおおぉ!?」


大きな雨粒が顔を叩いて飛び起きた。バタバタと騒がしいところを見ると、彼らも同じらしい。空を見上げると、大きな月が輝いている。

こんなに雨が降っているのに、月が輝いているのは不思議といえば不思議だが。そんな事を言っている場合ではない。


「お……おい!イカダが!!」


しばらく休んで元気になったのだろう、タクヤが大きな声を張り上げた。


ばっとそちらを振り向く。すると、昼間完成したばかりの手製のイカダが、前半分を海面に浮かせて、今にも出航しそうになっている。こんなにも早く海面が上がって来るとは!


「何!?なんで!?」

「お、おいおい!」


ちょうど近くにいたアヤカとショウが、イカダを海に流すまいと引っ張ろうとする。

しかし、人力でこの質量の船が出航するのを止められるはずがない!ずるずると、ゆっくりそれは流されていく。


「ダメだ!無理だ、急いでイカダに荷物を詰め!」


俺のその声に、何を言っているのかと三人が顔を見合わせた。

海面を雨粒が叩く音がうるさくて、つい声が大きくなる。そう、叫ぶように。


「どんどん水かさも増えてきている、今すぐ出発するぞ!荷物を詰めーっ!!」


一瞬、迷いを見せたが「急げ!!」と一喝すると三人は弾かれたように動きだした。

食料や資材の残りも手分けして、全て積み込む。焚き火も上手く持ち込めれば良いんだが。


「おい!もう流されてる!」

「早く早く!」


「タクヤお前先に乗れ、足悪いだろ?」


「おいクソッ!火が消えてる!?おい火種はここだけか?」


「良いから早く来いって!!流れてる!」

「急いでぇー!!」


ああ、雨音がうるさい。外野の声もだ!

それぞれが、それぞれの主張を大声で叫ぶ。俺は火の気を探すが、雨に消えたのか、水に沈んだのか、まるで見つからない。


「ああーっ!クソったれ!火がねえ!!」

「走れ走れ!」


ばっと振り返ると、イカダはすでに海に浮かんでいる。三人は無事に乗り込めたようだ。


「おいっ!進んでるぞ、イカダが!」

「急げ急げ急げッ!!」


もう限界だ。


近くに落ちていたツタを、袈裟懸けに巻きつけてイカダに向けて走った。ざばざばと海水を掻き分けて走るが、思った以上に船が流れるスピードが速い。

半ば泳ぐように、水に浸かりながら辿り着いた俺は、それに乗り込むと仰向けに倒れた。


「ふぅーふぅーっ」


「おい、大丈夫か?」


ショウが俺の顔を覗きこむ。大丈夫だとジェスチャーで返す。

海水にずっぽり浸かってしまった、ちょっと失敗したかもしれない。


ザザザザーッ!


しかし、休息している暇はない。積載したポリタンクに雨水を集めねば。

飛び起きると、ナイフでペットボトルの底を切り取り、簡単なじょうごを作る。ポリタンクの口に取りつける事で、表面積を増やし雨水を集める。


ほかの者にも手伝ってもらい、工夫して雨水を受ける。突然の雨は不運であったが、恵みにもなる。


しばらく工作をして、それが終わった所で、皆で陸地を眺めた。

随分小さくみえるのは、イカダが離れていくせいか、それとも海に沈んで陸地が少なくなっているせいか。


おそらく両方だろう。


これほどの早さで、沈んでいるのは想定外であった。


さて未だに大粒の雨に叩かれているが、頑丈に作られたイカダは、ビクともせずにユラユラと浮かんでいる。

これがいわゆる船と大きく違うのは、船体自体が浮力を持つために、水を被ろうがひっくり返ろうが沈まないという事だ。勿論理論上は、だけどな。


ゴロゴロ……


雨に加えて、カミナリも鳴りはじめた。

これ以上、海が荒れないのを祈るばかりだ。


一息ついた後、積載できた荷物を確認する。

ビスケットに缶詰二つ、ポリタンク二つに木製のオールもだ。ツタやペットボトルもいくらかある。

後は着たままの衣類と、ナイフ。そして自分たちの体だけだ。


ゴロゴロゴロゴロ……


カッ!ドォォン!


辺りが一瞬明るく照らされる。

その時、海面を凄い勢いで近づいてくる大きな影を見つけた。


「おい、今の」


タクヤがこちらを見て、小さく呼びかける。

彼も見たらしい、なんだ今のは。


ザザザザザザザザーッ!


暗い海面に目を凝らすが、雨粒に叩かれているのもあり、いったい何も見えない。

隣のタクヤも同じ気持ちだろう、イカダから身を乗り出して、必死に何かを探している。


「何をしているん……」


カッ!


ショウがそう言いかけた時、再び閃光。

どぉんと轟音が鳴り響く、突如彼の背後から、何かが飛び出した!

赤と黒の巨体が、ぬらりと海水を帯びて艶めいている。そうだ突如出現し、イカダに掴まったのは大ムカデだ、島から泳いで来たのだ!


「うおおおおおおああああ!?」

「あああああああ!」


誰の声かわからない絶叫が発せられる。


ざぱん!


瞬間、おびただしい数の足がショウの腹を切り裂いたのち、恐ろしい速さで海に消えた。


「おっ……おっ……」


じわりと瞬く間に赤く染まる腹部。しかし誰も、それに駆け寄ってやる事が出来ない。

圧倒的な恐怖に支配され、動けないのだ。

意識的に恐怖を追い出し、操舵用に作ったオールを手に取って立ち上がった。


「どこに消えた!また来るぞ!」


そう叫んで、オールを両手で構える。今度姿を表したら、これで戦う。黙って死ぬのはごめんだ、首だけになって噛み付いてでも生き延びてやる。


俺の動きに感化されたのか、タクヤも立ち上がった、近くにあった木片を握りしめている。アヤカは腰が抜けたのか、ショウの近くへ這っていく。


ざばっ!


また海面を切り裂いて姿を現した。間髪入れずにオールを突き出す。


「ああああああっ!!」


顎肢の中央目掛けて、吸い込まれたそれは、硬いような柔らかいような妙な手ごたえを返した。しかし。


ガリガリガリ


大ムカデはビクともせず、オールの先を齧り始める。恐ろしい大顎の力は、木材をも噛み砕くのか!


押すか引くか、一瞬迷った。その時。

怯んだ心を読み取られたのか、俺の方へ一直線に飛びかかってきた。

それを阻止しようと、タクヤが木片で胴体を叩く。しかし頑強な胴体部分に弾き返され、尻餅をついた。


「あ、ぎっ!」


にわかに奴に巻きつかれた俺は、万力のような力で締め付けられた。両足が地面から離れ、全身が火のように熱い。

ずいいと片方の目が潰れた奴の顔と、俺の顔が接触する程近くなる。

横目に、タクヤが再び立ち上がるのが見えた。恐怖を押し込め、そちらに視線で合図を送る。


カチカチカチカチ!


大顎の奥の口器を、打ち鳴らす音が聞こえる。勝利の雄叫びだろうか。


「おい……大ムカデ……」


肺を圧迫されているため、思うように声が出ない。しかし顔以外動かせない俺の、最後の攻撃だ、完遂せねば。


「くたばれ」


そう言って頭部にツバを吐きかけた。

放物線を描いてゆっくり飛んだそれが、奴の顔面にかかった。その瞬間。


ふぉん!ずどん!


下方から伸びて来たナイフが、光の筋となって無事な方の眼球を直撃した。


「ギィィィィィィィィ!!!」

「死ねっ!お前がぁーーー!!」


ぐぃぃと上下にナイフを抉る。

そうだ。俺の腰からナイフを抜いたタクヤが、上手くやってくれたのだ!都合両方の目を潰され、流石にショックだったのか俺の束縛を解いた。


しかしタクヤはそのままムカデにしがみつき、ナイフを繰り返し突き立てる!


「うおおおおっ!!!」


何度目かの一撃が急所に当たったのだろうか。ひときわ大きく、「ギッ!」と鳴いたと思うと、ぐるぐるトグロを巻くようにそのまま海に消えていった。


それを見届けた俺たちは、その場に倒れこんだ。男三人ともに、イカダの上に仰向けになっている異様な光景だ。


「はぁーはぁー、どうなったんだ?」


早々に寝転がっていたショウが問うた。


「さあ、目玉は潰してやった」


空を仰いだまま、タクヤが答える。


「俺はツバを吐きかけてやったぞ。ムカデは慌てて逃げていったよ」


俺も続いた。


「ムカデは綺麗好きだから、海に洗いに行ったんじゃないか」

「はっはは、そうかも」


「……みんな無事か?」


そう尋ねる。


「なんか腹の感覚がねえ」

「気がついたら血だらけだ」


「死ぬのかな?」


「大丈夫。大丈夫だから!しっかり」


一人座っているアヤカが、応援して何やら手当てをしてくれているようだ。



空を仰ぐと、いつのまにか雨は止み。

大きな月が俺たちを優しく照らしていた。


随分、血も流れたようだ。少し眠い。

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