無人島サバイバル九日目(中ノ二)
音を立てぬように、慎重に足を置く場所を選びながら歩を進める。誰にも見つかる訳にはいかない。彼等も一枚岩と言うわけでは無く、少し揺すぶるだけで動く。そう、流動性がある関係だと言うことが実感として分かった。
俺が望むのは、自らの生存。
強権を持つタクヤの立場が揺らぎ、幾ばくかは襲撃の危険性は少なくなったように思う。しかし、未だ武器(ナイフ)を持つのが彼だけであるというこの現状は俺にとっては危ういものだろう。
無力化しなければ、俺の安心は得られない。
そこで俺は追跡、監視することにした。
タクヤを?いや違う、剃り込みチビ、そうシンヤを追いかけているのだ。彼にはケンジの死体がある方向を示している、どうやら方向感覚は一定の水準があるようで、今のところは真っ直ぐにそちらに向かってくれている。
視界に入らぬように、付かず離れず彼を見張っていると、その彼を追跡する者を見つけた。ガサリガサリと乱雑に追いかけるそれは、タクヤである。
「やっぱりな」
予想通りの展開に、思わず口の中で呟いた。
思った通りである、何を知っている訳でも無いが、必ずそう来ると思った。
後はどう出るか、それを見極めて対処するだけだ。いよいよとなれば、
一つ、予定外だったのは、タクヤの追跡能力だ。ガサリガサリとあまりにも乱暴で、雑。しかもちょっとコケて怪我をした。山歩き、した事無かったんだろうな。
対照的にシンヤは器用に歩く、俺ほどではないけどな。
……
「なんだよこれ……」
粘液と血痕を見つけたシンヤが、それを辿って歩いていく。全く何なんだろうな、俺も知りたい。血液の出所は恐らく想像通りだろうが。
先頭をシンヤが、その後をタクヤと俺が追いかける。もし第三者が見れば、笑ってしまうほどの近い距離感だ。それでも平坦でない道と、他のものに意識を取られている彼らは、俺の姿と思惑には気付かずに歩いていく。
果たして彼らはこの血痕と粘液について、どう見るのだろうか。後ろ姿は何も語らず、その心中を察する事は出来ない。
しばらくすると、先頭がぴたりと足を止めた。どうやらケンジの頭部を見つけたようだ。例の巣穴の前に転がるそれに駆け寄る。
「ケンジっ!おい、お前本当に……」
亡骸の前に力を失い、しゃがみ込む。生前の彼等の関係性が見えてくるようだ。そこに、それを見て俺は、茂みに隠れて見つからないように様子を伺う。
うなだれるシンヤのハゲ頭に、タクヤがのそりと近づき声をかけた。
「ほら、言ったろ。クマがやったんだ」
「あ、あ、タクヤ?何で?」
「近くでお前の姿を見つけて、心配で追いかけて来たんだ。無事で良かった、さあ帰ろう」
「あぁ、でもお前」
なんだ、と言葉を待つタクヤ。
「何で笑ってるんだ?」
その言葉を受け、ぴくりと一瞬体が固まったが、すぐに饒舌に語り出す。
「……いや、笑ってなんていない。笑ったように見えたとしたら、お前が無事だからだろ。さぁ、帰ろう。早く」
彼からすると、絞殺の跡やナイフの傷痕が見つから無くて安心したのだろうか。
「怪しいな、本当はお前がケンジをやったんじゃないのか?返せよ……ケンジを」
立ち上がってタクヤの腕を掴むが、すぐにほどかれる。
「おい、言っていい事と悪い事があるぞ」
「元々仲悪かっただろう、だからお前が!」
「俺は殺してない!見ろよこの死体を、どうやったらこうなるって言うんだ?ふざけんなよ!!」
一触即発の雰囲気である。知らぬ間にタクヤがナイフを抜いている。
「おい、そのナイフは何だ?何で出して来てるんだよ、俺も殺すのか?ああ!?」
「こ、これは。違う。俺は悪くない。」
「そうやって……そうやってアイツも殺したんじゃないのかよ!?」
「違うって言ってるだろうが!!」
ザザザザザザザッー!!
口論の声を搔き消すように、近くにぽっかりと空いた巣穴から何かが飛び出して来た!
まるでトンネルから電車が出てきたように、長く黒い影が這い出して来る。
「「うおあああ!?」」
あっという間にシンジに巻き付いたそれは、巨大な赤と黒のムカデだった。
「がっ……」
……5mはある巨大な身体に巻きつかれて、瞬時にシンジは動かなくなった。白目を剥き、泡を吹いている。
締め付けによるものか、毒があるのか。
「うあああああー!」
その怪物は獲物に巻きついたまま、頭部をタクヤの方へ向ける、その瞬間、奴の目玉にナイフが突き立った!
ギッと鳴き声なのか、節の軋む音なのか分からない音を立てて巨大ムカデが仰け反る。
一瞬の隙を突いて、タクヤが飛び出すように逃げた!
俺もその場を急いで離れる。
ロクなものは出ないと思っていたが、予想以上に最悪だ!
全ての風景を置き去りにして、転がるようにキャンプへ向かった。
……
「おい、どうしたんだ!?」
俺が口を開く前に、ショウが声をかけた。
ショウとアヤカは真面目に浮かぶ物を探して来たのだろう、いくらかの枝やペットボトルなんかがキャンプに積まれていた。
実に素晴らしい働きだとは思う、褒めて上げたいが、今はボロボロになって帰って来たタクヤの話題で持ち切りだ。
彼は、あの後もムカデに追いかけられたのか、いくらか切り傷や擦り傷も負っているし、泥だらけだ。そりゃキャンプにそんな姿で息を切らせて現れたら何事かと思うだろう。
「はぁっはぁっ……シンヤが、巨大なムカデに喰われた!10mもある」
あぁ、やったな。と思った。
「シンヤが……?」
「うそ……」
ショウとアヤカの顔に困惑の表情が浮かび、一歩後ずさった。
「はぁっ、はぁっ、そうだ、ムカデに巻きつかれて……死んだ。早くこの島を脱出するぞ!」
彼等はぴたりと動きを止め、じりじりとタクヤから離れる。
「おい!?何してる、アイツが来たらどうするんだ!みんな死ぬぞ!!」
そう叫ぶタクヤの声に、アヤカがびくりと肩を震わせて、ショウの後ろに隠れるように下がった。
「お前、おかしいわ。ケンジが熊に食われて、シンヤがムカデに食われて死んだ?あるわけ無いだろうが」
「……!?」
「それ以上近づくな」
そう言い放ったショウの横に、無言で俺が立つ。アヤカを守るように俺とショウが、タクヤと対立する形だ。
事態にやっと気がついたのか、彼はハッとした顔になった。あのカメレオンのようにギョロリとした目で、考えが読めなかったクールな表情は何処かへ消え失せ、その目からは怯えが伺える。
「ちょ、ちょっと待てよ。本当なんだ、信じてくれ、仲間だろう!?」
「悪いけど、怪しすぎる。お前、二人を殺したんじゃ無いのか?」
「はぁっはぁ、いや、殺して無い!大ムカデがっ……」
「もういいよ!やめて!」
アヤカが声を上げた。
「本当の事を言って!こんな時に争って!みんな死んじゃう……!」
「ア、アヤカ、俺は……本当に!なあ、お兄さんは俺の話、信じてくれるだろ?」
ふっと皆の視線が俺に集まる。部外者の俺の言葉が、客観的故に逆に信用に足るという事だろうか。
それならば、俺は。
「あぁ、そうだな。大ムカデが出る可能性はある。同じような巨大な生き物を、以前見たことがあるんだ」
何を、というような表情でこちらを伺うショウ。
「君たちの会話を見ていて、話は少し分かる。本当に不運なのはタクヤ君かもしれないけど、状況はどうしても怪しい」
こうしたらどうだろう、と続ける。
「タクヤ君の持っているナイフを、ショウ君に渡すんだ。そうすれば、ショウ君達は安心するし、タクヤ君も本当に潔白だったら、道具を渡しても信頼された方が良いだろう?」
「それは……で……」
「ほら、またムカデが来るかも知れない。みんなで協力して早くイカダを作った方が得策じゃあないか?考えて」
どうかな、と言いながら三者の顔を見る。
「……わかった。完全に信頼は出来ないが、そうするならそれで良い」
ショウがすぐに同意した。それを受けてアヤカが小さくうなづく。少し遅れて、タクヤが黙ってナイフを腰から外し、差し出した。
静かにそれは受け取られた。
「良かった。大ムカデが出て、犠牲者が増える前にイカダを作ろう。浮きは沢山あるようだから、あとは少し大きな木を切って、ツタで編んでメインになる部分を作成すればいけるはずだ」
俺の言葉に三者が黙って頷く、指揮を取ろうとしたタクヤは見る影も無く、小さくなって頷くばかりだ。
「木なんてどうやって切るんだ?」
ショウが、こんなナイフしかないぞ、と受け取ったばかりのそれを抜いて見せる。
「それでも工夫すれば切れるよ、教えてあげよう、いや」
少し考える振りをして続けた。
「急ぐなら、ナイフを貸してくれたら俺が切る作業を担当するが、どうする」
「うん」
三人は顔を見合わせて、そして頷いた。
「任せる、あと俺たちはどうすれば良い?」
「じゃあ、食料になりそうなものを探して欲しい。あとはツタなんか、もし取れるなら採取して。今日採集と作業ができれば、明日にでも出発できるよう準備だけはしたい」
「わかった、俺たちはそうする」
ショウの手から、ナイフ受け取る。
それは、見た目よりずっしりと重く感じられた。この状況に置いて、これは単なる武器や道具では無く、権力の象徴でもあるのだ。
それを腰に装備して、一つ困難を乗り切ったと感じたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます