無人島サバイバル九日目(前半)
何か声が聴こえて、ふと目が覚めた。まだ薄暗い森の中は、妙に気持ち悪い。そして意識ははっきりしているが、不思議と身体が動かない。
「……ろ」
「に……げ……」
微かに聞こえてくるこの声は一体なんだ、はっきりと喋って欲しい。
「逃げろ」
ああ。
この声は、俺の声だ。というより、俺の口から声が出ている。意思と関係なく勝手に喋っているのだ。
そして口は勝手に動くのだが、体は自分の意思では指一本動かせない。金縛りと言うのだろうか、変な感覚だ。
「逃げろ。この島は呑まれる。数日で海の底に沈む」
どういう事だ、混ざっているのだという何者かが俺の身体を操っているのか。
お前は、誰だ?
「俺はお前で、お前は俺だ。すでに、区別は無い、良いから逃げろ」
挨拶も無しに出てきて、逃げろとは不躾な。そして、何処へ逃げろと言うのか。
「……自分で……考えろ」
コイツ、完全に口だけなのか。
島が海の底だと。船を作って航海するか、他の島にでも移住するしか無いか。
しかし自分で自分と会話する事になるとは、中々無い体験だな。段々この感覚にも慣れてきた。
その時、突然ふくらはぎに激痛が走った。
「痛っー!」
身体のコントロールが戻り、ばっと飛び起きる。慌てて足元を見ると、30cm程もある巨大なムカデが凄い速度で走り去って行った。
その姿を見るとぞわりと、遺伝子にまでも刻まれたような恐怖を感じた。赤と黒と黄色で構成された生き物はダメだ。
付近に他の生き物が居ない事を確認して、ズボンを捲り上げてふくらはぎを確認する。
「あぁ、クソ。やられた」
赤く腫れた患部の中央に、穴が二つ。間違いなくあいつの噛み跡だろう。あぁ、ムカデって毒があるんだっけ。
これも昨日キャンプを追い出されたからだ、いや自分から出て行ったんだったか。どちらにせよアイツらの所為である。
「はぁ」
どうしたものかと、ぼぅっとしばらく傷口を眺める。するとすぐに赤みが引いて、噛み跡も良く見えない程小さくなっていった。
「……これは」
良くわからないが助かった。これも混ざっているこの身体のお陰だろうか。
先は口だけかと思ったが、少しは役に立ってるんだな。そう、もう一人の自分に語りかけたのだった。
……
何の問題も無く動けるようになったので、彼らの様子を見に、キャンプに戻った。
すると、そこにはタクヤとショウの姿は無かった、早朝早くに何処かへ去ったようだ。剃り込みチビとアヤカが残っており、焚き火の側で何事かをしている。警戒させないよう、わざと物音を立ててから姿を現した。
「おはよう、火の番をしているのか」
「ん?ああ、兄さんか。おはよう」
「おはよおー」
寝ぼけ眼で曖昧な返事をするアヤカ。彼らの挨拶の調子からも、もう俺に対する警戒心は感じられない。昨日の今日で、もう仲間として認めてくれたようだ。
「あぁ、ちょっと焚き火。おい、やった事ないのか?ちょっと代わってみてくれ」
大きな薪を両手に持ってまごついている剃り込みチビに場所を代わって貰い、焚き火を大きくする。こちらに来てから火起こしは何度となく繰り返している日常だ、もう身に染み付いてしまった。
あっと言う間に火を大きくする事に成功する。
めらりと立派に育った炎を見て声を上げる。
「うぉ、すげえな兄さん!」
もうアヤカは少し離れた場所で三角座りで眠ってしまっているが、こいつは目を輝かせながら俺の動きを眺めていた。
なんか、かわいいな剃り込みハゲ。
「うん。ここまで火が大きくなればもう大丈夫、消えることはない。そして、この大きな薪同士を近づけるか離すかで、火力をコントロールできるんだ。ほらやってみろ」
へぇ、とか、おぉ、とか言いながら言われた通りに動かして学んでいく。水を持っていかれた恨みはあったが、話しているとコイツは素直で良いトコあるな。
ちらりとポリタンクの水を見るが、昨日から減ってはいないようだ、約束通りこちらには手をつけていないと見える。
「朝飯は食ったのか?」
「朝飯も何も、食う物なんかねェよ」
そうかと言いながら、近くに隠してあった魚の燻製を取り出して、一切れ分け与える。
「おい、兄さんこれ」
「良いから食えよ、もうこれが最後なんだ」
そう言いながら自分の分を食べてしまった。
最後というのは嘘であるが、こう言わないと仲間の手前食べ辛いだろう。
ごくりと彼の喉が鳴るのが見えた。
「ほら、みんなに分けられる程は無いんだ。見つかる前に食ってくれ」
そう告げると、むしむしと無言で食べ始めた。そうだ誰もが飢えと渇きには逆らえない。そうして剃り込みハゲが食べ終わる頃に声をかける。
「昨日、人影を見たんだが、ケンジ君って本当に死んだのか?」
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