無人島サバイバル八日目(後半)

「……」


「なぁ、いつまで黙っているんだ?」


タクヤが沈黙を破って返答を急かす。

さあどうする、俺の必達目標は何だ。生き残る事、それだけだ。

この生殺与奪権を握られているに等しい状況、殺す理由があれば、殺される可能性が十分ある。これを切り抜ける為には。


「わかった、協力しよう!それが良い、一緒にこの島を脱出するんだ」


ぴたりと一瞬、彼の動きが止まった。大きな目は相変わらず何を考えているのか読めない。となりのアヤカは僅かに緊張が緩んだ、そんな印象を受ける。


「そうか、わかって貰えて良かったよ」


そう言いながら、手を広げながら足を踏み出そうとする。


「ちょっとまってくれ」


ぴたりと手のひらで制した。


「実は俺はナイフアレルギーなんだ。水は渡すけど、悪いが他の奴に取りに来て貰えないか?」


「ナイフ、アレルギー?」


「あぁ、先が尖ったナイフが近づくと蕁麻疹が出るんだよ。本当に厄介なアレルギーなんだ」


じろりとこちらを見る目と目が合う。


「……」


「ほら、水を渡すよ。入れる容器はあるか?火はあるのか、種火も持って行ってくれ。みんなで生き残ろう」


「ねぇタクヤ……」


ぼそぼそと相談するように、アヤカが小声で囁いた。


「私が貰ってこようか」


そう言った彼女の腕を掴む。行くなという指示だろう。そうしてしばらく無言で考えた後、口を開く。


「助かるよ、水はペットボトルを持っているからそれに分けて欲しい。ちょうどそこに仲間が来てくれたようだから、あいつらに渡してくれるか」


かさりかさりと藪から二人の男が姿を表した。タトゥーが首筋から見える男と、剃り込み坊主で身長の低い男だ。確かタトゥーの男はショウと呼ばれていたのだったかな。


「ああ、近くに居たんだな。さあ水を入れて行ってくれ」


こぽこぽと、ポリタンクから命の水を彼等のペットボトルに移していく。この状況の水は血に等しい、命の水だ。断腸の思いで水を注いでいく。


「お兄さん、ありがとうな」


剃り込みチビが声をかけてきた。


「いや、こんな状況だ、助け合いでいかないとな」


笑顔でそう返した。そう、助け合いだ。

殺し合いはしない。


「助かったよ」


タトゥーの男、ショウも礼を言う。


「ああ、気にするなって。そういえばもう一人はどうしたんだ。姿が見えないが」


ぴたりと空気が変わった。


「ケンジって言ったかな、この間俺と話をした彼は?」


さて、どう出る。

向こうが俺が何をどれだけ知っているのか分からないように、俺も彼らがどれだけの情報を持っているのか分からない。


「ケンジ」

「ケンジは……」


「あいつは死んでしまった」


タクヤが他の人間を制するかのように、そう言い切った。


「死んだ?元気そうだったのに一体どうして」


「今朝熊に襲われて、残ったのは形見のこのナイフだけだ」


「そうか、それは……残念だったね」


そう言いながら彼等の顔色を伺う。

納得しているのかいないのか、曖昧な表情を見せる中、剃り込みチビだけがぴくりと反応した。


「いやケンジは……きっと、まだ」


ぼそりと呟く。

そこへ被せるようにタクヤが声を上げる。


「ところで、実は寝泊まりしていたキャンピングカーが使えなくなってしまったんだけど。この近くで眠らせて貰っても良いか?火も起こしたいし」


「ああ、当然。と言いたいところだけど、さっきも言った通りナイフアレルギーなんだ。君達がこのキャンプをそのまま使ってくれて構わない。俺は少し離れたところで眠る事にするから」


「ん、うん、そうか」


「やった、助かったね」


そりゃそうだよな、火も水もあるキャンプを使えと言ってるんだ。断る理由は無い筈だ。

大袈裟に空を見上げる。


「もう日も暮れるし、じゃあここは好きに使ってくれていいから」


「あんたはどうするんだ?」


「近くで適当に寝るさ、慣れてる」


タクヤが何か言おうと口を開く、それを待たずに続けた。


「ナイフが近づくとすぐに蕁麻疹が出て、痒くなるんだ。すぐにわかる。ほら今もちょっと痒いから。だから離れて休みたい」


それでもタクヤが何か言おうとして居たが、何事か思いつく前に剃り込みとタトゥが言った。


「良いじゃん、超ラッキー!」


「ホントに助かるよ」


「気にするなって、助け合いだろ?できればポリタンクの水には手をつけないで欲しいな、それだけ頼むよ」


「わかった!」


話の主導権を握れずにイラついている様子のタクヤ。だが彼も異論は無いはずだ。

彼等には最高の提案だろう。


「じゃあそういう事で、また明日来るよ」


そう言って俺は自分のペットボトルにも一本分だけ水を詰めて、藪のなかに姿を眩ませた。


正直、懐は痛い。

出血大サービスも良いところだ。


だがこれで良い。信用が置けない人間に場所が割れてるキャンプで休む訳にはいかない。

彼等が俺の言葉通りにするかは分からないが、火も満足に起こせないんだ、十中八九今日はこの付近で寝るだろう。


とにかく危険は回避せねばならない。


タクヤがこちらの居場所を探って寝込みを襲わないとも限らないが、今のところ俺を殺すメリットは無いはずだ。

それにナイフが近づくと「痒くなる」と言っておいたからな、鵜呑みにするとも思えないが、少しは接近するのを警戒するだろうよ。


「……はぁー」


しかし今日は、寝床を取られて、水は取られて。散々な一日だったなぁ。


明日は彼等への対策を、もう少し練ろう。暴力に訴えなくとも、できればナイフは無力化したい。


俺が生き残る為に……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る