無人島サバイバル八日目(中ノ二)

まるで辿れと言わんばかりの点々と続く粘液と血痕を辿って行く。無視して立ち去る事も出来たが、好奇心が勝ってしまった。これが果たして猫を殺す事になってしまうのだろうか。


慎重に歩いていたが、足元の小枝を踏み抜く。軽い感触が足の裏に伝わってきた。ぴたりと動きを止め、左右をもう一度確認する。


動くものは何もない。


空を見上げる。

木の葉の天井の間から見える太陽は、遙か高くに登っていた。じわり、と汗が滲み出てくる。


「……」


大きな木の根が辺りに張り出し、非常に歩き辛い。気を抜くと、足を滑らせてしまう可能性もある。

精神を集中させ、再び痕跡を辿って歩き始めた。



……



鬱蒼と茂る藪が拓けて、ぽかりと開いた大穴が、突然目の前に現れた。

直径1m程の、まさに何かが潜んでいる巣穴に見える。奥はどこまで続いているのか見当も付かない。


その巣穴の前に、変わり果てたケンジの頭の一部が転がっていた。何かに喰われたような痕である。どうやら本当に何かが、いるらしい。それは、あの奥に。


ゾゾゾゾ……


ぞわりと背中に寒気が走った。脅威となるモノの姿を確認すべきか考えたが、こちらが発見されないとも限らない。

速やかに、この場を離れるべきだ。


踵を返し後ろを振り向くと、木の股に何かが引っかかっているのに気がついた。

それは熊のような生き物の頭部の破片だった。真っ黒に変色し、こびりつくように木の間に挟まっている。


ばっと巣穴の方へ、体をもう一度向ける。

熊も喰ったのか?


「はぁっ……はぁっ……」


自然と呼吸が荒くなる、知る限り、熊をこのように捕食する生き物は聞いた事がない。


ゾゾゾゾ……


その時、ごそりと巣穴の中で何かが動いたように見えた。


やばい!


理性ではなく、もっと原始的な何かに突き動かされて飛び出した!気配を消すだとか、隠れるだとか、そんな事を考えるより先に足が動く。とにかく、この場所から離れるように。


ガザガザガザガザ!!


乱暴に草木を掻き分け、飛ぶように走る。

時に滑るように、時に転びながら駆け抜けた。


ガザザザッ!!


ばくばくと心臓が口から飛び出しそうになり、立ち止まる。後ろを確認する。


「はっはっはっ……はぁー、ふぅぅー」


努めて呼吸を整えつつ、視界の悪い森の奥を睨みつけるが、何も見えない。

どうやら何も追いかけては来ていないようだ。


四方を確認する。

気がつくとキャンプの近くだった。思ったより長くマラソンをしていたらしい。

とにかく寝床に戻って、一旦落ち着くことにしよう。



……



ごくり


沸かした湯を飲む。キャンプは、朝出てきたままの姿を見せてくれた。


木の幹に背中を預けて、一息つく。すっと視線を落とすと、汗と泥まみれの四肢が見える。一日中野球をしてきた中学生より、泥まみれだ。


「あぁ……」


靴を片方づつ脱いで、逆さに向ける

靴の中に入り込んだ小石や砂を取り除くためだ。


がさり。


その時、目の前でそんな物音が聞こえた。

飛び上がるように立ち上がり、杖を槍代わりに音の方へ差し向ける。


がさがさがさ。


どっくどっくと側頭部に血が流れていくのを感じる。震える杖の先が、ぴたりと止まった。瞬間、何者かが草を分けて飛び出てきた。


「うおぉぉっ!」

「あああぁぁっ!?」


ばっと後ろに飛び退いて、正面を見る。


「待て、待て待て待て」


そう声をかけられる。そう、現れたのはタクヤだった。彼はおもむろに近づいて来ようとする。


「動くな!!」


そう叫びながら杖を構え直し、先端を彼に向ける。ぴたりと動きを止めてこちらを伺うタクヤ……と、隣にはアヤカだ。


「あー、私たちちょっと困ってって」

「水を分けて貰えないか?」


そう言うタクヤの視線の先には、俺のポリタンク。以前雨水を蓄えられたお陰で、まだ十分な貯蔵量がある。


「……」


これはどうするか。考えていると、待てのポーズを取っていたタクヤが手を降ろそうとした。


「おい、手を動かすな!」


動きを咎めると、ぴたりと手を止めた。


「腰の……ナイフ。それを地面に捨てろ」


指示をする。コイツは全く信用できない、あんな場面を見た後だからな。


「タクヤ……」


「それはできない」


しかし指示には従わないようだ。


「ナイフを、地面に、置け」

「できないな」


「ナイフを捨てろっーーー!!」

「断る」


ぎょろりとした目で、こちらを見ている。果たして何を考えているのか。カメレオンのような顔からは何も読み取る事はできない。


「なぁ落ち着いてくれ、俺は何も刺そうなんて思っていない。ちょっと助けて欲しいだけだ」


「……」


「なぁ、そんなに水があるんだ。良いだろう分けてくれよ。俺たちを助けてくれ」


彼らと俺の距離は約五メートル。焚き火を挟んで向こう側だ。


「お前達だけか、他に仲間はいないのか?」


「あぁ……仲間はいるが、ここにはいない」


隣の女の目が、右に少し動いた。

なるほど、仲間はここには居ない。他の場所にいる、例えば俺の背後なんかにな。

あぁ、クソ。なぜこんな事になるんだ。


癪だが水を分けてやるか、そうするべきか。向こうは姿は見えないが四人いる。争いになれば貧乏くじを引くのは俺の方だ。


「……」


「なぁ、俺たちは怪しい者じゃない。そうだ、協力しよう。ほら、この間言ってただろう?無人島かも知れないって。一緒に脱出しよう」


ペラペラと良く口が回る。俺の決断は……。

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