無人島サバイバル八日目(中)

尾行していると、男はしばらく歩いた後、仲間達と合流した。彼らは短髪の男を含め四人。全て以前見た顔だ、殺されたケンジ君を入れて五人グループだったのは間違いなさそうだ。


「タクヤ!?どうした?ケンジは?」


短髪に気がついた男の一人が、声をかける。どうやら短髪の男はタクヤと言うらしい。


「みんな……ケンジは……」


じっと注目する彼の仲間たち。短髪の男タクヤが、続けて口を開いた。


「ケンジは熊に喰われた」


衝撃の事実である。確かにあのまま放置されれば熊に喰われる可能性はあるだろうが。


「はっ!?嘘だろ!ふざけてるのか」

「なに言ってんだ?」


突然出てきた、熊に喰われたと言う突拍子も無い言葉に、それを信じられない者達が口々に問いただす。


「いや、本当なんだ。これを見てくれ」


ナイフを抜く、刃にはべとりと血が付着している。当然それはケンジの血なのだが。しかしそれが出た瞬間、一瞬で言葉を失う者達。


「ケンジは熊と争って、死んだ」


「っ……!」


突然突きつけられた非日常の出来事に、衝撃を受けている。このタクヤと言う男、存外に上手いのかもしれない。

こうして第三者として聞いている限りでは、血のついたナイフが熊に襲われた証拠とは、全く意味不明な理屈だが。彼等はそうは取らなかったようだ。


「嘘だ……嘘っ!」


「アヤカ、気持ちはわかる本当に。俺もナイフを拾って逃げるのが精一杯だったんだ」


その事実を消化しようとしているのか、各々下を向いたまましばらく固まってしまう。


「まだ間に合うかも、助けに行こうぜ」


「いや、助からない。もう死んでいる」


男の一人がケンジを案じて口を開くが、タクヤはぴしゃりとそう言い放った。


「は?ちゃんと見たのかよ」


「もう、死んでいる」


ぎょろりとした目で、じっと見つめながら、念を押す。


「お、おう……マジかよ……」


異様な迫力に何かを感じたのか、それ以上は追求できず。


「この辺りは危険だ、すぐに移動しよう」


「急に、どこへ行くんだよ?」


「俺に考えが、ある。ついて来てくれ」


「だけどよ……」


言いかけた瞬間。異論を許すまじと、タクヤが男の胸ぐらを掴んでまくし立てる。


「死にたく無いだろう!協力するしか無いんだよ!お前も喰われたくないだろ!?」


「ぐっ、ちょっ……!」


血走った目で、大袈裟に揺さぶり、まさに鬼気迫る勢いである。そこにアヤカが助け舟を出す。


「待って、タクヤの言う通りかも。みんなで一緒に逃げようよ」


その言葉に満足したのか、タクヤは掴んでいた手を離した。


「ごほっ、どうするショウ?」


「もう行くしかねぇだろう」


どうやら話はまとまったらしい、四人はどこへ向かうつもりなのか、森の中へ歩き出した。


拠点をどうするのか、確認したいところではあったが、俺にはもっと気になる事がある。

彼等の追跡は中断して、そちらを確認する事にした。



……



「なるほどな」


キャンピングカーがあるのに場所を移動する事から、とある可能性を考え、海が見える場所まで来た。

砂浜は完全に海の中だ。以前から見ている満潮時よりさらに海水が入り込んでいるようで、木々も少しばかり沈んでしまっていた。


そして海面から、ちらりと見えるキャンピングカーの天井部分。そう、彼等の拠点のこの車までもが水没してしまったのだ。

心の拠り所とも言うべき住居が海に飲まれてしまったのが、不和が生じた原因の一つで間違いないだろう。


「……」


しかし先日の異常な引き潮といい、この島に何が起こっているのか。全くこうも不可解な出来事が多いと、タクヤ君じゃあ無いが、俺のメンタルもやられそうだ。


水没したキャンピングカーから何か得られないか、そう考えたが素潜りで車まで行くのは難易度が高い気がする。

明日になれば、潮が引いて侵入できるようにならないだろうか、淡い期待を抱いて今日は引き揚げる事にした。



……



キャンプに戻る途中、ぞわりと違和感を覚えて立ち止まる。この先は、ケンジが死んだその場所だが。


足を止めると、聞こえるのは俺の呼吸音のみ。辺りは驚くほど静かだ。


何か嫌な予感がする、良くないモノを感じるのだ。死体があるのだから気味が悪いというのは、それは当然とも思えるが。

俺は迂回する事も出来たが、この感覚の正体が気になって見に行く事に決めた。まるで足枷でもついたように、足取りが重い。

そう慎重に、姿勢を低くしながら例の場所に近づいていく。


嫌な予感は的中した。

それは何があったわけでも居たわけでもないが、その場所には、あるべきものが無かった。


そう死体が消えていたのだ。代わりに残るのは血痕のみ。


息を飲む。


タクヤが引き返して死体を隠したのか?そんな時間はなさそうだが……。

周囲を伺いながら、一層慎重にあるべき場所を調べる。ねとりとした粘液が地面に付着していた。やはりここには何か居る。

このような粘液を出す、およそ未知の生物が!


その粘液と血痕が混じり合って、点々と道を作っているのに気がついた。

この道を辿って行くべきか、直ちにここを立ち去るべきか……。

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