無人島サバイバル六日目(後半)
身を晒して、接触するか。
隠れたまま様子を伺うか。
襲撃するか。
草むらに潜んだまま、頭の中に浮かんだ選択肢を考える、どうすべきか。リスクはある、リスクはあるが……。
彼らと接触してみるべきだろう。ひょっとすると俺の認識が間違っていて、いつの間にか、日本にでも帰って来ているのかもしれない。
しかし、もし危害を加えるような人種だったらどうする。彼らは日本人のように見えるが、手放しで信用しても良いものか。これまで意味不明なゾンビやら恐竜やらに、散々な目に遭わされた人間としては、慎重にならざるを得ない。
ネガティブな考えが脳裏に浮かび、持ち上げかけた腰を再び下ろす。
さぁ行くぞ、と勇んだものの、すぱっと決断できずにぐだぐだしてしまう。これまでの経験上、決断力はある方だと思っていたが。
今までは、全くもはや逃げ道が無い状況だったので思い切りがついた。しかし今回のように行っても良いし、消極的な選択も許される状況だと、こうも迷うものか。
人間、追い詰めらると強い。窮鼠猫を噛むって本当なのだろうな。
姿を見せるタイミングを見計らうという建前で、藪でしゃがんだままグズグズしていると、いっそう強い風が吹いた。
ごぉおっという音とともに海の方からこちらへ潮の匂いが吹き付けていく。それを受けて、がさがさがさと草が踊る。舞い上がった砂浜の黄色いもやに目をやられて、たまらず涙を流して下を向く。
しばらくして風の収まりを感じたので、目線をもどした時。彼らの一人と目が合った。
「……しまった」
俺は思わず、ぼそりと口の中で呟いた。
「あそこに誰かいるっ!」そう叫んでいるのが聞こえてくる。どうやら見つかってしまったらしい、こうなれば取るべき手段は一つだ。
俺は、ばさっと立ち上がり堂々と胸を張る。
そして努めて明るく高らかな声で、大きく手を振りながら、呼びかけた。
「おぅい、君たちは日本人かー!?」
草むらから飛び出した俺の姿に驚いたのか、しばらくヒソヒソ話をした後、こちらに歩いてくる彼ら。
これでいい、こちらから歩いて行くより、向こうから来てくれた方が好都合だ。不穏な空気を感じれば、後ろの森に逃げ込む事もできる。
「おじさん何してるんっスか?」
リーダー格だろう、茶髪の青年が声をかけて来た。おじさんとは?お前たちとそんなに年齢は変わらないと思うんだが……そんなに老けて見えるかな。
「いや、ボートが沈んでしまって。この島に漂着してしまったんだけれど、ここがどこなのか分からなくて困っているんだ、教えてくれないか?」
口から出まかせだ。
しかし、もっともらしく聞こえたようで、がやがやと仲間内で何か話し合っている。マジかよとかスゲェとかそんな話だ。
今度も茶髪が一歩前に出て答えた。
「いや、俺たちも。川にキャンプに来てたんだけど、気がついたら海?みたいな感じでさ」
「ワタシらも分かんないんだよね、どーしようかって話してたところ」
「なるほど……」
「おじさん顔色悪いよー、大丈夫?」
横から短髪でガタイの良い男が出てきた。
「おじさんのヘアスタイル超、歌舞いてるじゃん!何それ自分で染めたの?」
そのまま俺の髪の毛を指差して、げらげらと笑う。髪色は半分白くて半分黒いんだが、俺の意思じゃないし、不可抗力だろう。
「やばいよ止めときなって……」
ボソボソと女が男達に自重を求めるが、火に油だ。女に度胸のあるトコロを見せようとしてか、やいのやいのと盛り上がる男達。
日本にいた頃なら、ムッとしているところだが、まるで気にならない。
「……ところで君たちは、気がついたら海だったと言ったけど、テント泊か何かなのか?」
「いや、俺たちキャンピングカー」
「今もそこに泊まってんだけど、エンジンかかんなくってさぁ。携帯も通じ無いんだよね」
「助けが来るか、ちょっと心配なって来た……どうしようケンジ」
女が不安そうに呟いた。ぐっと肩を抱いて茶髪の男が励ます。
「大丈夫だろ、帰らなかったら誰かが通報してくれてるからさ」
なるほど、車が拠点になっているんだな。この様子だと、食料や水は十分積んでいるのだろう。そして近日中に助けが来ると考えているから、この余裕なのか。
「ところでキャンプしていたのは君たちだけなのか?一台で?」
「あぁ、5人で一台。結構広いんだよね」
茶髪のケンジ君が答えてくれた。
そうか、なるほどな。
「完全に推測だけど。ここは日本でなく、未知の無人島かも知れない」
俺の見解を伝えた、彼らは頭に「?」を浮かべる。それはそうだろうな。
「何言ってんの?」
「日本じゃ無いって、じゃあココどこだよ」
「いい加減な事言うんじゃねぇよ」
ざわついて、問い詰めてくる。そんな事は俺も知らないし、教えて欲しい位だ。
「ただの推測だから気にしないでくれ」
どのような状況かは、見極めた。彼らと行動する意味は薄いだろう。簡単に別れを告げて、森に引き返す事にした。
後ろから「アイツやっぱオカシイわ」と聞こえてきたが、無視する。本当に口の悪い集団である。
しかし貴重な情報が得られた、彼らはキャンピングカーで同じように転移して来た可能性がある。あとで車の位置を特定しておこう。
……
ぱちぱちと柔らかな焚き火を見ながら、今日を振り返る。一日で活動できる時間と言うのは実に短い。日が暮れると業務終了だからだ。
今日も大型の生き物には出会わなかった。
雨のせいか、食べる物が見つからなかったのは辛い。逆に飲み水は十分に確保する事が出来た。
そして、生きている他の人間を見つけた。
これは心強い事だ。彼らとどのように対応していくかを考える必要もあるだろう。
糞の中に人毛らしきものがあった事も考えると、この島には他にも人間が居るのだろうか。被害者は彼らの仲間では無いようだからな。
焚き火に灰をかけて、目を閉じる。考えるべき事はあるが、とにかく明日は食べられる物を探そう。
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