迷宮サバイバル八日目(前半)
どれくらい気を失っていたのだろうか。気が付くと、目の前には青々とした木の枝葉。
所々の隙間から美しい光が射し込んでいる。
「んー……」
どうやら大きな樹の下に寝かされていたようだ。根っこの枕が硬かったのか、首が痛い。
上体を起こすと、声がかけられた。
「おぉ、目ぇ覚めたか?」
近付いて来たのは、真っ白な髪の、そしてがっちりした体格の男だ。
そう俺はこの人を知っている。
「田中さん!」
「おぉよ」
楓くんの安否を気遣って捜索に来てくれたのか。木製の杖をつきながらだが、オレンジのベストに肩には銃を掛けてしっかりと武装している。
その姿を見ると、安堵し、涙が出てきた。
「助かった……のかな」
「そうだな、楓と、一緒にいた姉ちゃんも無事だ。よく頑張ったな」
じわりと視界が滲む。
「はい……っ、ありがとう、ございます」
この人には助けられてばかりだ。俺がこちらに来てから今まで、本当に。
どれだけ言葉を重ねても、感謝を伝え切れない。
ぱさ
その時、駆け寄ってくる楓くんとゆみちゃんが視界の端に見えた。
「あっお兄さん!」
「お兄さン!」
「大丈夫ですか?」
「うん」
ぱあっと表情が明るくなる。二人とも田中さんに手当てして貰ったのか。各所に包帯を巻いているが、元気そうだ。
続けざまに質問を被せてくる。
「自分の名前言えますか?」
「いや……」
「今は何年何月何日かわかりますか?」
「いや……」
「ここはどこかわかりますカ?」
「いや……」
彼等が顔を見合わせる、大袈裟なジェスチャーでダメだこれは、と言わんばかりだ。
そりゃ確かに、曖昧な人にはそんな質問するだろうけど。
「名前覚えて無いのは元からだよ!」
「ぷっはははは!」
「あはははハ!」
三人で笑い合う。
こんなふざけあえるのも、生きているからだ。生きている事が、ただ嬉しい。
少し離れた田中さんも「ふんっ」なんて鼻で笑って居るが、表情は嬉しそうにしている。
ひとしきり、再会を喜び合ったあと、切り出した。
「あの後、どうなったんだ?」
「あっ」と楓くんとゆみちゃんが同時に口を開こうとして、閉じる。
コンビネーション良いな、この子達。
「あの後、出口出た後ね。とにかく離れようと、お兄さんを引っ張りながら歩いていたんですよ。そこに、この田中さんが来てくれて!」
「それで、気を失ったお兄さんを担いで行ク余裕は無いカラ、近くにキャンプを張って。一晩明けたところデス」
なるほど、おおよそ分かった。改めて、皆に頭を下げる。
「それは、ありがとうございます」
「やめろやめろ、助け合いだろ。この世界じゃあな」
「はい」
田中さんは感謝を伝えると照れるのか、視線を外して斜め上をみる習性がある。ちょっと可愛い。
いや、本人には口が裂けても言えないが。
「さて、それは良いんだが。ちょっと気になる事があってな」
……
「小鬼が?」
「うん、あれはあんまり良くないな。早く離れた方が良いかも知れん」
キャンプの周りに危険が無いか偵察した田中さんの話では、迷宮に小鬼が何匹か入って行く姿を見たらしい。
それは物々しい様子で武器を持って、語気を強めに何かを話していたとの事だ。
「そうですか……」
「……」
「まぁ動けるようになったら、すぐ移動しよう。飯は食べられそうか?」
そう言いながら、水と食料を出してくれる田中さん。それを見ながらも頭の中にあるのは、ある友人の事だ。
命をかけて、俺たちと一緒に戦ったクロ。
蜘蛛の化け物と一緒に消えたところが最後の記憶だ。
彼を置いて引き上げて良いのだろうか。しかし、これ以上危険な橋を渡る訳には。
真っ直ぐな目でこちらを見る、ゆみちゃんと目があう。
どうする……?
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