迷宮サバイバル七日目(後半)

お互いにキッカケが掴めず、間合いを離したまま時間だけが過ぎてゆく。

武器を構えて、緊張したままジッとしているというのは想像以上にキツイ。


逃げ出してしまいたいが、背中を見せた瞬間に襲いかかって来るだろう。

それに、先程から起き上がってこない楓くんの安否も気になる。この場を離れる訳にはいかない。


その時対峙する鉄兜の隙間から、ちらりと怒りに燃える瞳が見えた。

恨まれる覚えはないが、この目は……。


待て、瞳があるこいつは屍小鬼ではない!

寄生されていないそれだ。その事実に一瞬動揺する。


意図せず、僅かにゆらりと上半身が揺れた。


ばっ!


その動作を隙と見たか、鉄兜の小鬼が跳躍して間合いを詰めてくる。

身体が無意識に反応して、こちらも同時に踏み込みナイフを突き出した!


胸に向かって伸びる刃、しかしそれが役目を果たす前に、保持する腕を打たれた。


みしりと嫌な音が伝わってくる。

衝撃に、たまらずナイフを取り落した。間髪入れず顔面に飛んで来る拳。


避けきれないだろう。


戦闘の技術は向こうが上、肉体の強靭さでも劣っている。

だがしかし、修羅場をくぐっている数では負けてはいないっ!


腕を打たれて、顔を目掛けて拳が飛んで来る中、それでも俺は勢いそのままに一歩踏み込む。

避けようと思うのでは無く、もはや自分から飛び込むつもりで、やつに身体ごとぶつかっていく!


「うぉぉぉっ!!」


度胸を見せて、逆に突っ込んだのが功を奏したか。ひゅっと、拳が左の頬を掠めたのが聞こえる。


ドンッ!


やつの胸に飛び込む。全体重を乗せたタックルだ、さすがに耐えきれず倒れこんだ!


「○▪️▲△!?」


ガラガラと、一緒に壊れた木箱の破片に突っ込んだ。そこに好機とばかりに駆け寄るゆみちゃん。


「たぁぁぁっーー!」


尻餅をついた体勢の小鬼の頭に、彼女が剣を振るう!野球のバットよろしく横薙ぎのフルスイング。


遠心力が十分に乗った一撃が、兜に直撃した。があーっんとひときわ大きな音を立てて小鬼が吹っ飛ぶ。


がらん、がらーん


鉄の兜は一部がひしゃげ、地面に転がった。


(やったか?)


などと考えるとそうでないのが世の常だ、どうやら鉄の兜に救われたらしい。左目がざっくり切れているが、ゆらりと起き上がる小鬼。


こいつの生命力の高さは!


ドッ!


「……!」


再び動きそうとした瞬間、やつの胸に突然現れる見たことのある棘。


「お返しデスよ」


いつの間にか起き上がっていた楓くんが、投擲の姿勢のままそう呟いた。

それは俺の腹に、楓くんの足に突き刺さっていた小型の刃物だ。どうやら彼はそのまま携帯していたらしい。


ごぼ、と喉から音が出ている。

この瞬間を!


「貸して!」


「えっ!?」


そう言うが早いか、ゆみちゃんの手から剣を奪い取り、小鬼に駆け寄る!


剣など、生まれて初めて触れた筈だ。

だが、まるで手に吸い付くように馴染んでいる。これならば、という実感がある!


「あああああああっ!!」


「ごぼっ……●◯△△!!」


手の平をこちらに向け、最後の抵抗をする小鬼。その腕ごと袈裟斬りに断ち切った。


ずどん!!


腕を切断し、鎖骨を砕いて肩から侵入した刃は、重要な臓器をことごとく破壊し、腰骨まで達した所で止まる。


ぱくぱくと声にならない音を出し、数度痙攣したかと思うと力が抜けた。


力を込め剣をぐぅっと引き抜くと、ばぁっと赤いものが吹き出し小鬼は倒れる。

しばらくそのままの姿勢で観察し、全く動かなくなったのを確認して、視線を外した。


どうやらこの危機を、乗り越える事が出来たらしい。


小鬼がいるのには驚いたが、こいつは外部から侵入してきたのだろうか?それとも迷宮での生き残りか。

もしも言葉が通じたならば、話し合う事も出来たかも知れないな。


「やりましたね!」


「……よかっタ」


「ああ、生き延びた」


皆が同時に出口の方を見る。

救いの光が射し込んでいる、ついに脱出の時が来た。


それぞれが、もはや限界を超えている。俺たちを立たせているのはもはや気力だけだ。

さあゴールはすぐそこにある、後は脱出するだけだ!


一歩一歩、確実に踏み出していく。

そして、俺達は光の中に。


ついに迷宮から脱し、外に出る事ができた!

懐かしい、この森へ。


そして気が抜けたのか、ついに身体にガタが来たのか。その時ふっと俺の意識は、暗闇の中へ落ちていった。


「お兄さん!」

「お兄さン、大丈夫!?」


まるで水中で聞いているような、そんな遠い声を聞きながら。

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