迷宮サバイバル七日目(中 平行)

バラバラに逃げるか、まとまって逃げるか。

リュックの中から、ありったけの薪と布を取り出しながら考える。


「みんなで生き残る為に、力を合わせてやれる事は全部やろう。やれるだけやって、それでも駄目だったらバラバラにでも逃げれば良い」


ゆみちゃん、楓くん、二人の目を順番に見る。どうやら伝わったようだ、二人共ぐっと頷いてくれた。


「力を合わせるって、具体的にどうするんですか?」


「まずは予定通り、火を起こそう。撹乱するんだ」


ひゅうぅん、ひゅぅうんと何かが飛ぶ音。バチバチと青白く光る戦場の中、震える手で作業を始める。


急いでリュックをひっくり返し、絨毯の切れ端、雑巾、人形の服。なんでも燃えそうなものは、手分けして薪の先端に括り付けて松明を作っていく。


左手に上手く力が入らない。怪我のせいだろうか。


「っ……ごめん、お腹が突っ張って。うまく結べないからお願いするよ」


そう言って、作業中の松明をゆみちゃんに預けた時。木箱の上から覗き込む、一匹の屍小鬼と目があった。


カチカチカチカチ……


「うぉおっ!」


間髪入れず右手でナイフを抜き、空洞の眼に向けて突き出した。

無理な姿勢からの攻撃で、狙いが甘い。刃は目の横を掠めて、耳を切り裂くに留まった。


「っくっそ!」


やつは千切れそうな耳など意に介さず、反撃だと言わんばかりに拳を振り返す!


ガッ


ちょうど裏拳のように、こめかみを強かに殴打された。体勢を崩して松明の作業場に盛大に転げ込む。

そしてそれを追い、飛びかかってくる。止めを刺そうと言うのか!


ガッ!


組み敷かれ、左肩に噛みつかれた!ごりと歯が骨に接触する感覚。


「アァ!」


間髪入れず、楓くんがフライパンを振るう。

ゴンッと金属が頭部に命中する音。しかし、それでも止まらない。


「ああああああっ!!」


衝撃でナイフを落としてしまいそうだ。

右手にありったけの力を込めて、頭蓋に突き立てる!


みしりと骨を突き破って、内部まで破壊する感触が手に伝わる。


一瞬震えた後、だらんと脱力する屍小鬼。


「はぁっはぁっーはぁはぁ」


「お兄さん!」


心配した様子でこちらを伺う二人。


「大丈夫、大丈夫。早く、松明を!」


手で制して、作業を急がせる。

そうは言ったが、大丈夫なものか。刺し傷に咬み傷。一刻も早く入院したいところだ。

なぜか傷の治りが早かったりするが、さすがに出血量が多すぎる。


(くそっ、本当に“混ざってる”なら力を貸せよ……死にたくないだろう!)



……



「出来たよ、松明!」


ふっと気がついた。一瞬意識が無かったようだ、血を失いすぎただろうか。


「ありがとう」


メタルマッチで火をつけていく。メラメラと、白と黒の煙と炎を上げる松明。

火がついた順番に、遠くへ放っていく。


奴らの目が、赤外線。熱を探知すると言うのなら、これで少しは錯乱になるだろうか。


「よし、走ろう!」


「ハイっ!」


怪我を庇いながら、なるべく急ぐ。

走ると言っても足を怪我した楓くんと、満身創痍の俺は、もはや歩くようなスピードだ。


「頑張って!」


ゆみちゃんが肩を貸してくれている。

足を引きずりながら、なるべく早く遠くへ。


はぁはぁ


ぼぉんと遠くで上がる炎。

松明の火がいくつかの木箱の中身に、燃え移ったようだ。


炎の熱に目が眩んだか、屍小鬼は追って来て居ない。今のうちに出口まで辿りつければ。


ひょこりといつのまにか、クロが近くまで来ていた。


彼も脚から血が滲んでいる。竜にやられた傷が開いたのか、新たに傷を負ったのか。

三人と一匹は、一つの影となって支え合い歩いていく。


足が鉛のように重い、出口まで持つだろうか。楓くんも、ゆみちゃんも疲労が顔に出ている。


ふと天井を見上げると、例の巨大蜘蛛が居ない。立ち昇る煙を嫌ってか、前方の壁面を伝って降りて来つつあった。


(くそっ、上手くいかない)


このままでは鉢合わせの危険性がある、ルートを変更する他ない。

そう考えて、口を開こうとした瞬間。


バチリと言う音を立てて、クロが飛び出した。


「クロっ!?」


ゆみちゃんの呼び掛けに、振り向きもしない。

彼は木箱の間をすり抜け、上に飛び乗り、一歩ごとに加速するようだ。ジグザクに、雷のようなその軌跡は一筋の青い光となって蜘蛛に向かって伸びていった!


そしてその青い光は壁を走って、巨大な蜘蛛に衝突する。

ぱぁんという乾いた音と、一際眩しい閃光を残して、二つの影が墜落した。


「クローッ!」


彼女が叫ぶ。


「クロがっ、クロがっ!助けに……」


そう言ってこちらを見る、それに俺は、クロの落ちていった先を見たまま。


「出口を出て合流しよう」


それだけを伝えた。


「っ……!」


何かを言いかけたが、それ以上は何も言わなかった。



……



もはや三人共、一言も発さない。

目的地に向かって歩くだけの機械だ。


点々と続く血の道が、俺たちの足取りを示している。


カチカチカチカチ……


そうか。


カチカチカチカチ……


この音だ。


前方に屍小鬼の影が見える。その数8体。

なんとこいつらは鎧と兜を纏い、金属の棒のような鈍器で武装している。


バラバラに突進してくるそれらを確認した俺は、肩を貸してくれていた、ゆみちゃんと楓くんを引き剥がし、伝えた。


「ここからはバラバラに逃げよう、出口の外で合流だ」


楓くんは無言だ、覚悟は出来ているんだろう。


「まとまっていると危険だ。絶対に生き延びて、合流しよう」


「無理ですよっ、そんな……体で!」


反論する彼女に、体中から集めた声で叫ぶ。


「いいから、走れっ!」


彼女の肩がビクッと震える、しかし。


「嫌だ!死ぬまで戦って、戦って、戦って生き延びてやる!」


そう叫んで、俺の腰のナイフを奪って構えた。何て子だ。


楓くんも無言でフライパンを構える。

それなら、そうするしかないか。

俺も、もはや杖がわりの木の槍を敵に向けた。


その時


ゴゴゴゴゴッ……


グラグラグラグラッ!


地震だ、しかも大きい。

近くの木箱にしがみつき、転倒しないようにするのがやっとだ。


「きゃあ!」


ゆみちゃんが短く叫ぶ。よろめく彼女を引き寄せ、覆い被さるようにする。


ぱらぱらぱら……


しばらく動けずにいると、ひゅうっと風を切り、どんと何かが俺達と屍小鬼の間に落ちた。

ブワッと砂煙が舞う、それは石の塊。崩落した天井の一部だ。


それを皮切りに、次々と天井が剥がれ落ちて来る!


ドドドドドドドドッ……!


轟音と衝撃。

木箱が、小鬼が、砂煙に呑まれていく。



……



どの位の時間が経っただろうか。

何かが動く気配は近くからは感じられない。


しんと静まり返ったその場所で、聞こえるのは俺とゆみちゃんと楓くん、三人の呼吸音だけだ。


はぁっーはぁー


腹に刺さっていたはずの金属は抜けて無くなっていた。

たいそう出血する筈だと思っていたが、そうでもないようで、殆ど血は止まっている。


この回復力、気味が悪いが、今は助かっている。

理由はわからないが、俺と混じっているらしい何かが、俺に生きろと言っているように感じる。


「大丈夫か?」


近くの二人に声をかける。


「ハイ」


「うん、なんとか」


どうやら無事らしい。

ゆっくり頭を上げて、辺りを伺う。

立ち込める砂煙でよく見えないが、他の者達も、大なり小なり崩落の影響を受けたようだ。


少し時間が稼げた。楓くんに刺さっている刃物を抜いて、傷口をキツく布で縛る。

痛いだろうに叫びたくなるのを我慢して、楓くんはぐっと唸るだけだった。


これも、しばらくの間の応急処置だ。

後で適切に、傷口を洗った方が良いだろう。


ゆみちゃんが持っていったナイフが落ちているのを拾って、鞘にしまう。

もう一度、静かに辺りを伺うが、あの武装した屍小鬼は視界にはいないようだ。


彼等の方を見る。

無言で、三者とも同時に頷いた。


そう、考えは一致している。

姿勢を低くしたまま、脱出するべく歩き始めた。

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