迷宮サバイバル七日目(前半)

グラリと揺れた事に気がついて、眼が覚める。

地震だろうか、かなり遠いようで殆ど影響は無いようだ。


いつもより寝坊してしまったらしい、ぐっすりと眠れたようで目覚めは良かった。

ゆみちゃんやクロとも合流できたからだろうか。不安が無いわけではないが、仲間が多いと心強い。


どうやら今日も襲撃は無かったようだ。やつらは建物外には出てこないのだろうか。

木漏れ日を感じながら、そんな事を考えていると先に起きていた二人から声がかけられた。


「おはようございます!」


「おはようございマス」


「あぁ、おはよう」


挨拶と共に、お互いの生存と健康状態を確かめ合う。

昨日生きていたから、今日も当然そうだと考えられる世界ではないのだ。


仕草からクロもどうやら大丈夫みたいだ。

一晩休んで体力も戻っている、首を撫でてやりがら考える。

原理は分からないが、青い光を放つと極端に体力を消耗するらしい。

クロは強力な戦力として考えられるが、継続して戦闘を続けるのは難しいだろう。


朝食に残っていた二つのカップ麺を、皆で分けて食べてしまった。

これで残る食料は、ゆみちゃんの持っていた物も含めても、コンソメスープの缶詰が二つのみだ。


水の確保もままならないし、このままではジリ貧だ。やはり早急に脱出して、安全と水と食料の確保が必要になるだろう。


「脱出すべきだ」


朝食後、突然口を開いた俺に二人注目する、ついに来たかといった表情だ。

クロは興味がなさそうに横で寝ている。


「ハイ」


「でもどうやって、屍小鬼の群れから見つからずに逃げるの?」


そうだ、それが問題だ。奴らに気付かれずに、もしくは安全に逃げ切る方法。


「うん、それは」


「はい」


「まだわからない」


「えぇ」


すごいアイデアが飛び出す事を期待してくれていたようだが、無理だ。

まずは、情報を集めなければ。


「いくつか考えはあるけど、地形や出口と敵の状況を調べてから考えよう」


情報不足だ。特性を考えれば、今考えられるのは……。


「高い温度に向かっていくみたいだシ、火を起こして撹乱するのはどうデショウ」


「それも良いと思う、火を起こせる場所の確保と、燃料の確保が必要だね」


「エントランスの絨毯なんか燃えそうじゃないですか?」


「うん、薪に使えそうな木材と一緒に、いくらか切断して持って行こうか」


「ハイ」


「出口の場所は大体覚えています、そっちは任せて下さい!」


うんと頷く。

そこで恐ろしい目にあっただろうに、強い子だ。雪山の一件で心が鍛えられたのだろうか。


「よし、まずは下見に行こう。今回は情報収集と材料集めが目的だ」


「ハイ!」


「見つかりそうであれば、すぐに撤退して。この場所で落ち合おう」


「わかりました!」


方針は決まった。

この迷宮を抜けさえすれば、田中さんと合流する事もできるだろう。

脱出さえすれば。



……



エントランスホールの正面の階段を上がり、薄暗い通路を進んでいく。


ホールでは、予定通り絨毯をいくらか切り裂いて持って来た。薄汚れた赤い絨毯だ。

大きく荘厳な造りだが、よく見ると埃だらけで蜘蛛の巣も張っている。

随分長い期間放置されていた、と言った感じの印象だ。


そして今歩いているこの通路も広く、天井は高い。そして、やはり古い印象を受ける。


辺りは全く静かで、聞こえるのは俺たちが立てる音だけだ。

ゆみちゃんの話では出口には、歩いて10分程で到着するそうだが。


はぁーはぁー。


押し殺すような、俺たちの息遣いまでが聞こえる程の静けさだ。


ずっ


誰か砂を踏んだな。


クロの足音は、全くわからない。野生の能力なのか。


しかし屍小鬼は、どこに居るのだろうか。

神経を集中しているが、辺りには何の生き物の気配もない。


しばらく歩いて居ると、さらに大きなフロアに出た。体育館よりも広い、石で出来た空間だ。


家具も何も無いが、木箱のようなものが沢山置いてあり、見通しが良いとは言えない。

倉庫?なのか。


「あそこです」


小声で呟いて、彼女が指を指す。

その方向には確かに、壁に大穴が開いており出口がある。

射し込む光が、何か特別な物に見えるのは気の持ちようだろうか。


しかし、かなり距離がある。


「遠いな」


どこかに何かが潜んでいるかもしれない、無策で突っ切るのは危険だろう。

出口は確認出来たし、一度キャンプに戻って……。


そんな風に考えて振り返る、ふっと頰に蜘蛛の巣がかかる感触があった。


カチカチカチカチ


ヒュッ


風を切る音、直後ドンッという衝撃。思わずよろめく。

何があった?


「えっ、きゃああっー!」


突然、大声を出すゆみちゃん。


「バカ大きな声をっぼっ」


なんだ、腹から見覚えのないものが突き出ている。これは……矢?槍の先?


背中側から何かが俺の腹部を貫通して飛びでているようだ。

どこからの攻撃か全くわからない!


「お兄さン!!」


「逃げろっ……!」


来た道を指差すが、そちらからはドタドタと何かが接近する音がする。屍小鬼だろう、一匹二匹じゃない数だ。


挟み撃ちにされた!?


「後ろはダメだ!完全に気付かれテタ!」


「くそっ!とにかく走れ!」


ばっと弾かれたように走り出す。

壁際を闇雲に!腰程もある木箱の合間を、すり抜けるように駆ける。


「わあああああああっやばいって!」


はぁっはぁっ!


声をあげると場所がばれる、と思ったがどうやら既に、向こうからは完全に動きを察知されているようだ。


数多くの生き物の気配が、的確に囲むように近づいて来ている。


今思うと蜘蛛の巣を……探知する用途に使っていたのかもしれない。だとすれば、この建物自体が既に、奴等の巣だ。


ヒュウ!ヒュウゥー!


風を切る音。


バチッ!バチチッ!


薄暗いフロアが、一瞬青く光る。俺の目では何が起こっているのかわからない。どうやらクロが何か手を打ってくれているようだ。


青く照らし出された瞬間、上を見上げる。

10m以上もある高い天井に、巨大な蜘蛛のような生き物が張り付いていた。


あれが親玉だろう。上から全部お見通しという訳か。


ずざっ


「アッ!?」


ごろりと、地面を転がる楓くん。

どう負傷したのか、右足から出血がある。


「大丈夫!?」


三人の足が止まる、木箱の陰に固まって隠れた。


俺も腹から飛び出ている刃物を確認する。矢とも、槍とも違う。どうやら短いトゲのような金属が投擲されていたようだ。


引き抜くと、より出血する可能性があるのでそのままにしておく。


「お兄さん……」


「うん、すぐには死なない。なんとか安全な場所まで……出口までこのまま突っ切ろう」


楓くんの方を見る。

ふくらはぎに同じようなものが突き刺さっている。


あれでは走れるか……?

そう考えていると、楓くんが口を開いた。


「バラバラに逃げましょう。出口を出てから合流デ。固まっていると狙われる」


彼の目を見る、決意の眼差しだ。


そう一人でも助かるように、犠牲を払う事も良しとした考えだろう。つまり、走れない自分は置いていけという事だ。


ぐっとくる。


しかし……。


「駄目だっ!みんなで生き残ろう!クロも助けてくれてるし、みんなで逃げよう!」


ゆみちゃんが声を上げる。


「走れないなら歩けば良い、協力して、みんなで!」


そう言うと彼女は俺の顔を見る。続いて楓くんも俺の顔を見た。


どうするか、一分一秒を争う自体だ。言い争って考え込んでいる時間はない!


俺は……!

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