迷宮サバイバル六日目(中ノニ)

あの声は一人しか知らない、ゆみちゃんだ。

大声で叫んでいるところから、只事ではない事が伝わる。


扉を力任せに開いた。


目の前に広がるエントランスホール。

吹き抜けになった天井と、正面に大きな階段。そこには、薄汚れた赤い絨毯が敷かれている。


奥から転がるように駆け下りてくる人影。

どうやら屍小鬼に追われているようだ、後ろからバラバラに二匹が追いかけてきている。


「きゃああぁぁぁぁーっ!」


黒い髪を振り乱して、疾走するその人は。


「ゆみちゃん!」


彼女がこちらを見る。


「あぁーっ!お兄さんっ!」


大きな声で返事をしてくれる。

だが階段の途中で、顔を上げて注意を逸らした所為か。バランスを崩して……。


「おあー!」


どたんと音を立てて盛大にコケる。

尻もちをついて下まで、数段落ちてしまった。いててなんて言いながら起き上がろうとしているが、遅い。


これ幸いと、後ろから駆け寄る小鬼。手には鉈のような物を持っている。


(やばい!)


俺は木槍を右手に抱え、駆け出した!


だっと地を蹴り疾走する。

しかし、こちらからの距離より、屍小鬼の方が明らかに近い。


一匹が彼女の背中まで辿り着き、鉈を振りかぶる。


間に合わないっ!


バチリ


瞬間。


階段の手すりを這うように滑る青い閃光。

電光石火のそれが、吸い込まれるように小鬼に走った。


ズッ


振りかぶった腕が、鉈を持ったまま宙を舞う。引き千切れて吹き飛んだようだ。


ゆみちゃんと屍小鬼の間に、守るように立ちはだかるように、突然現れた黒い影。


真っ黒なはずの毛が、ツノから背中にかけて白く輝いている。

角の生えた狼、クロだ。


どうやら間に合ったようだ。


そして無くなった腕と共に、崩れ落ちる屍小鬼。どんという音を立てて倒れた。


安心するにはまだ早い。

まだだ、まだもう一匹いる!


奥から次の刺客が、もはや四つ足で駆けて来ている。しかし、この距離ならば!


「うおぉぉっ!」


こちらが速い。


全力疾走の勢いそのままに木槍を突き出す。

狙いは、まだしゃがんでいるゆみちゃんの向こう側。


小鬼の空虚な眼の奥へ。


ずぶり


先端が、内部の生き物を突き破る感覚。


全く無警戒で彼女の方しか見ていなかったようだ、迂闊な。

急造の木製武器だが、致命の一撃を与える事が出来た。


ぐぐぐっと何度か蠢く感触が、槍を通して手に伝わって来たが、それだけだ。

僅かな抵抗を残して倒れ、二度と動く事は無かった。


「はぁぁー」


ぐっと起き上がりかけて、ぺたんともう一度座り込むゆみちゃん。


「怖かったあー!お兄さーん!」


「大丈夫?」


声をかけながら、彼女の様子を見る。怪我も見当たらないし、顔色も悪くない。

情けない声を出してはいるが、精神面はどうかわからないが、肉体的には問題無さそうだ。


「はい、なんとか!」


ちらりと横を見ると、荒い呼吸のクロがいる。かなり消耗しているようだ。


「クロは大丈夫か?」


「ずっと私を守ってくれてて、疲れてるみたいで」


竜に咬まれた怪我が、まだ完全には癒えていない。その上で無理をしていたんだろう。

俺の顔を確認すると、緊張の糸が切れた様子で伏せてしまった。


出血などの外傷は無さそうだ、休めば良くなるだろうか。

水筒の水を取り出して、飲ませてやる。


ぺちゃぺちゃと手のひらから水を飲んだ後、その場に丸まってしまった。

どうやら休憩したいようだ。危険ではあるが、クロの体調も気になる。少し休むべきだろう。


その様子を、心配そうにじっと見るゆみちゃん。


「クロも疲れているみたいだし、少し休もうか」


「はい」


遅れて楓くんが駆けてきた、彼の紹介も必要だろう。

くすんだ赤い絨毯の真ん中で、俺たちはしばしの休憩を取る事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る