迷宮サバイバル六日目(中)

建物の壁面を捜索していると、一つの扉を発見した。


金属製の緑色のドアで、上部と下部が少し錆びて変色している。

少し心配したが、ノブは抵抗無く回り、鍵はかかっていない様子だ。


後ろを振り向くと、楓くんがフライパンを構えたまま真剣な表情で頷いた。


「ふぅっ」


一つ息をして、力を込める。錆びているせいか、ぐっと力を入れないと動かないのだ。

ギギギという軋んだ音を立てて開く。


その先には……。


もう一枚ドアがあった、次は黄色の扉だ。

先程のものよりは綺麗で、錆びは無い。


「……ん」


緊張感持ったまま、それに手をかける。

今度はスムーズに開閉できる。


ギィィ……


二つ目の扉が開かれた。

そして現れる三つ目の扉、次は赤色だ。


「……」


「……」


扉を開けてまた扉。

思わず口元が歪む、駄目だ集中しなければ。


「ふっふふ」


後ろから、我慢できずに溢れる笑い声。

シュールな光景に彼は緊張感を維持する事が出来なかったらしい。


「っくくくくく、ははは」


釣られて笑ってしまう。

赤い扉の前で、思わぬ足止めを食らってしまった。


一息ついて、手に力を込め直す。


ギィギィィ


暗がりに浮かび上がったそれに、緩んでいた表情が凍る。

そこには人間の半身があった、頭部が、腕が、壁から生えているかのように飛び出していた。


まるでコンクリートで埋められたかのように。

死の、その瞬間を切り取ったような苦悶の表情で壁面に埋まっている。


「な……に」


俺は何かを言おうとしたようだが、何も言えずに言葉が詰まる。

何者かがこれを埋めたのだとすれば、この場所は危険だ。


楓くんの方を見る。


しかし、彼は落ち着いた表情で口を開いた。


「混ざった、んでショウカ」


混ざった。

混ざるとは、この状況を指しているのか。


「あー……」


混乱して、喋り方を忘れた俺に向けて続ける。


「地震の後なんか、こういうコト。あるんですヨ」


「獣が、木に埋まっていたリ。人が石に埋まっていたリ」


地震の後……。


そうか、地形が変わったりする時には地震があったように思う。

あの地震がキーになって他の世界と、この世界が文字通り“混ざった”のだとしたら。


この建物もそうか?


現代風の物と、明らかに他の物が合わさっている。俺の元居た世界と、この世界。

それ以外に他の場所からも、集まっているのだろうか。


わからない。


しかし、無機物と生物の交わりがあるならば。


まさか。


「鳥に動物混ざって、ツノが生えていたリ。突然体毛がまだらになっていたリ」


まさか。


右手で、銀髪になった場所を抑える。


「……」


「ひょっとして、お兄さン。……混ざってる?」


ふっ


一瞬、地面が失われ落ちていくような感覚に襲われた。目の前が真っ暗になったかのようだ、思考の闇に呑まれる。


いつからだ?そして何と?

俺が何かと“混ざった”のだとすれば。


ぐるぐると考える事が渦になり抜け出せない。


「あ、でも人がヒトと混ざったのは、見たことないですケド」


そう声をかけられて、ぱっと心が戻ってきた。

慰めなのか、楓くんがそう教えてくれた。


「そっか……」


実害は無いとはいえ、不安を感じる。自分が自分以外であるかもしれないという感覚。

そう考える今の自己は、すでに今までのそれではないのか?


そういえば、俺は自分の名前すら……。


俺は、誰だ?

お前は、誰だ?


その時。


「お兄さンは、お兄さンですヨ」


「僕が知っているお兄さンは、あなたしか居ない」


はっとする。


そうか俺は、俺で、それでいい。どうあろうとも。

自分探しは後回しだ、混ざっていようがいまいがどうでも良い。

今は生き延びる事を考えよう。


「ありがとう」


謎は残ったが、この状況の手掛かりは掴めた気がする。

壁に取り込まれた男に背を向け、俺たちは再び侵入できる場所を探し始めた。



……



森は静かだ。


よく観察すると、地面や木に小さな穴が開いていたりするので、恐らく何か生き物はいるのだろうが。


ここでは殆ど姿を現していない。

俺たちに警戒しているのか、それとも夜に行動する習性があるのだろうか。


聞こえる音は、自分達の足音と息遣い。

そして風で木々が揺れる音だけだ。


木漏れ日は暖かく、風は爽やかで心地良い。

建物の中より屋外の方が過ごしやすく感じるのは、骨までサバイバル生活に順応してきたからだろうか。


しばらく外周に沿って歩いていると、両開きの扉を発見した。

大きくどっしりした、まさに入り口と言った風情だ。

装飾の付いた木製の扉は、大きなお屋敷を連想させる。


「行きましょウ」


「開けるよ」


鍵はかかっていない。

ギィと音を立てて、両手で開こうとする。

その時。


バチッ!


うっすら開いた扉から、青白い光が漏れる。


そして


「ああああああぁぁぁー!」


聞き覚えのある声が、大音量で扉の奥から聴こえてきた。

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