迷宮サバイバル四日目(後半)

ぐっと力を込めて扉を開けようとするが、開かない。

どうやら鍵は掛かっていないらしいが、複雑に絡まったツタが開閉の障害になっているようだ。


ナイフを取り出し、邪魔なそれを払う事にした。細いツタは引っ張るだけでもブチブチと千切れるほどの強度だが、太いものが問題だ。


波の振るい方の問題でもあるのだろうが、中々断ち切れない。切れ目を入れて、引き千切っていく。

見た目よりも重労働だ。


「はぁっ、はぁ」


「これはっ……結構大変デスね」


汗を滲ませながら、楓くんと二人で作業を続ける。枝切りバサミが欲しくなる。


それでも根気良く作業して、ついに主要な障害を全て排除する事ができた。

ノブを回して引くと、ギィという音と共に動く。頑なだった扉も、ようやく開きそうだ。


「良し、開けるよ」


彼は黙って頷く。


ギイィ……ミシミシ


不快な音を立てて、それが開いた。

中はジメジメと湿った空気でうすら暑い。そして、そこでは見たこともない植物達が所狭しと並んでいた。


傘に使えそうなほど巨大な葉を持つものや、ツボのような形の植物。派手な色をした大きな花。


また部屋は、かなりの大きさがあるようだ。

鬱蒼とした草木の所為でもあるが、向こうの壁面が見えない。


足を踏み出そうとした瞬間。


ザアアアッ!


扉からゴキブリのような黒く小さな虫が、一斉に這い出ていった。数十匹はいるだろうそれが、一つの生き物のようにうねって流れ出る。


「うわっ!」


「何!?」


ばんっ


一瞬怯んだが、間髪入れずにそのうちの一匹を靴で踏みつける。潰さない程度に加減してだ。


往生際が悪く蠢くそれを、摘んで観察する。

見たところ噛みつきそうな顎や毒針などは無さそうだ、足が非常に沢山ある。ゴキブリというよりはフナムシに近いか。


どちらにせよ俊敏な動きをする虫だ。


(食べられるかな……?)


いや、食料があるうちは変なモノを食べない方が良いだろう。最悪毒があるかもしれない。


気をとりなおして、室内の様子をうかがう。まるで小さなジャングルだ、とても室内とは思えない。


踏み込まない方が良いか?


じっと立ち止まり考えていると、声がかけられた。


「お兄さン目を閉じて、静かにシテ」


「ん?」


楓くんの進言は何を訴えているのかわからなかったが、黙ってその通りにしてみる。


「……」


「…………」


ォォォォォォ……


真っ暗な世界に、うっすら聞こえる音。そして頰に感じるのは空気の流れ。風が吹いている。


すっと目を開く。


風を感じるのは正面、箱庭のジャングルの奥から。方向的には、ちょうど外周の建物の方角になっている。

脱出できるような出口があるか、はたまた小さな空気の通り穴でもあるのか。


危険を承知で探索するのも、分が悪い賭けではないだろう。


「行こう」

「行きましょウ」


声が重なった。



……



ぐっぐっと地面を踏みしめ歩いていく。


室内は吹き抜けになっているのか、天井が高く、何処からか光が射し込んでいる。

足元は土、腐葉土のようになっていて、ここがまだ迷宮の中である事を忘れてしまいそうだ。


そして天井からだろうか、しとしとと水が降ってくる。これが湿度の原因だろう。


「ふぅ、少し休もう」


「はぁーはぁー……ハイ」


少ししっかりした木を背に、二人で座り込む。風の吹く方へ真っ直ぐ歩いて行くつもりだったが、それはできなかった。


密集した草木のおかげで、ぐるりぐるりと回り道をしながら進む事になってしまったのだ。

枝葉を払いながらの進軍は、時間ばかりかかって中々前に進めない。


いつしか天井からの光も陰りを見せている。どうやら夜が近いようだ。

今日はもうここで野営するべきかもしれない。


「日があるうちに、今日はここでキャンプの用意をしよう」


「わかりましタ」


提案は、すんなり同意してくれた。

そうと決まれば、もはやこういった森の中でのシェルター作りは手慣れたものだ。二人でテキパキと用意していく。


Aの字に木を組み合わせて、二人がちょうど寝られる大きさのテントを作った。葉を何枚か重ねた屋根とベッドは寝心地が良さそうだ。


食料もこの間のカップ麺があるし、水も余裕ではないが残っている。

また天井から降ってくる水滴を利用するために、大きな葉を組み合わせて漏斗型にして、カップに水を集める装置も作った。


しかし、ココで問題が発生した。


火がつかないのだ、メタルマッチがあるからとタカをくくっていたが、火起こしで手間取ってしまっている。焚き火がないと湯も沸かせない、バリバリのカップ麺を食べるのはゴメンだ。


薪が勿体ないので、近場の木枝を使ったのが悪かったのだろう。

とにかく此処ではあらゆるものが湿っている。地面、木枝、全てだ。


仕方無くリュックから取り出した薪を数本敷いて、その上で虎の子の布切れを火口に、火を付ける。


めらりとすぐに炎が上がった。



……



「うわぁ、美味しいデスね!」


カップ麺に目を輝かせた楓くんと、夕食を摂る。こういったものは初めて見たそうで、いたく感激している。


こちらの世界では、まず手に入らないから無理もない。田中さんも持ってはいなさそうだし。


「そういえば、田中さんの足はどう?」


「うーん、大丈夫って言ってまシタ」


あの人の場合、ダメでも大丈夫って言いそうだからな。ここを脱出できたら、一度見舞いに行こう。


「生きて、戻ろうな」


「ハイっ!」


良い返事だ。決意新たに、夜は更けていった。

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