迷宮サバイバル四日目(中)
方針が決まった所で、まずはこの部屋の調査から始める。何か有用な物が手に入るかもしれない。
屍小鬼と戦闘になったこの部屋は、殆ど何の家具もない。住居とは思えない、広くてがらんとした部屋だ。
唯一ガラス戸のついた大きな棚が倒れていたが、中身は無い。割れたガラスが散らばっているだけだ。
フローリングの床で、近代に作られたもののような印象を受ける。
窓はガラスのようだが、嵌め込まれていて開く構造の物ではないようだ。
奥の部屋はどうだろう。
楓くんが隠れていた部屋に入る。
小さな部屋だが、どんと流し台が設置されている。キッチン?いやオフィスの給湯室のような設備が近いか。文明の香りがする。
蛇口をひねるが、水は出ない。
電子レンジも据えられているが、中には何も入っていない。電気も使えないので無用の長物だろう。
ポットには、水が僅かに入っている。
楓くんの方を見ると、頷いた。どうやらここに入っていた水で、渇きを凌いでいたようだ。
流しの下には、掃除用具と鍋、離れてカップ麺が入っていた。食料は大きい!賞味期限は見ないように目をつぶって、四つあったもの全てをリュックに入れた。
掃除用具は……洗剤を持って行く事にした。ナイフなんか洗うのに使えるかも。
雑巾も一緒に頂いていく。
……
「こんなものかな」
使えそうなものをかき集めて、準備が完了した。部屋の外に出る前に、楓くんと打ち合わせをする事にした。
「まずはこれ、これが止まれの合図」
「ハイ」
指を閉じて、手の平を見せる。すんなり理解してくれているようだ。
「そして、これが逃げろ」
手の平を下に、ばっと横に降る。
「わかりましタ」
方針を伝える事にする。
「基本的に屍小鬼のような生き物を見つけたら気付かれないように、逃げよう。絶対に戦おうとはしないで欲しい」
こくりと頷く。
「第一に自分の命を考えて、まずは安全を確保。万一逃げ場が無く追い詰められた場合は頭部を狙うようにしよう、他の場所は効果が薄い可能性がある」
先の奴は、腹を突かれても動じなかった。痛みなどは感じないのかもしれない。
時間の問題で失血死するだろうが。即死もしくは行動不能でない限り、身を厭わず襲ってくる恐れがある。
即死?ゾンビって生きているのか?
屍小鬼などと呼んではいるが、血が流れて動いている以上、生物として対応して良いだろう。もし本当に楓くんの言うように冥府の眷属であれば……。
いや、なんだって良い。生き残るためにやるべき事をやるだけだ。
二つ三つ言葉を交わした後、俺たちは部屋を後にした。
……
あの生き物に急に出会わないように、慎重に歩く。見通しの良い通路は今まで通りだが、曲がり角や死角になっている場所には気を使う。
もう一時間は歩き回っているだろうか。
通路には行き止まりや分岐が多くなり、あれ以来侵入できる扉も見ていない。
楓くんの歩調に合わせて歩いている事もあり、一人の時の倍は時間がかかっているように感じる。
それでも幾分心が楽になったように感じるのは、周囲を警戒する目が四つになったからだけでは無いだろう。
他の人間と一緒にいる、その事が力と希望を与えてくれるのだ。
しかし、先程からまた少し彼のペースが落ちて来ているようだ。
すぐ後を歩いている楓くんだが、どうも顔色が良くない。薬も何も無いこの世界では、体調の変化には気をつけなければならない。
無理をして怪我や病気になれば、最悪の展開になるのは想像に難くない。
「楓くん、大丈夫?」
「っは、ハイ」
返事はあるが、その様子から疲労が大きい事が見てとれる。
「休憩しよう」
「いえ、大丈夫デス」
足を引っ張らないように、と考えているのか彼は大丈夫と言い張る。
「いや、俺もちょっと疲れて来たから。休みながらいこう」
「……ハイ」
意識して休憩を取りつつ、探索を続ける。
こちらの世界に来てから、もう二ヶ月位だろうか。俺は体力だけはかなり付いて来たように思う。
荷物を持って“歩く”という行為が辛かったものだが、今では休憩を取りながらならば一日中歩いてもさほど応えない。
何せ、歩かない日が無いからな。運動不足とは無縁だ。
しばらく二人で歩いていると、新たな扉を見つけた。
その木製の扉には数カ所に穴が空いており、内側から突き出た緑色の植物の、ツタのようなものが巻き付いている。
内部で植物が繁殖しているのだろうか、そんな想像をさせる異様な扉だ。
よく見ると扉の周囲には苔のようなものが生えて、緑色に染まっている。
嫌な予感がするが何か脱出の手がかりが掴めるかもしれない、調べない訳にはいかないだろう。
楓くんの方を見る。
彼も真っ直ぐにこちらを向き、こくりと頷いた。
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