迷宮サバイバル四日目(前半)

どうやら気を失っていたようだ。


気がつくと、白い天井を見上げていた。

何故こんな事になっているのか、記憶の糸を手繰り寄せる。確か俺は小鬼と遭遇して、そして……。


「っつ!」


慌てて起き上がろうとして、顔が引きつる。こめかみの辺りからずきりと来る痛み、頭を切っているらしい。


そうだ、何者かに襲撃されて倒れたのだ。

危機が迫っている、早くこの場を離れなければ!


その時。


……さん!


「お兄さン!」


聞き覚えのある声だ。

少し特徴のある拙い日本語は……。


声の方を振り向くと、そこには十歳程の男の子が、涙ぐんで立っていた。


その透明感のある白い肌に、銀とも金とも言える髪色を持った華奢な少年に、俺は見覚えがある。


「楓くん!どうして?」


「お兄さン大丈夫ですか!?」


同時に発せられる言葉、突然の状況に混乱している。


大丈夫かとの問いに、自分の体を眺めてみる。

小鬼に握られた肩と、コメカミが痛いが、吐き気や目眩は無い。手足も動くし、しばらくは大丈夫だと信じたい。


「俺は、多分大丈夫。頭が少し痛いだけ」


不安感を表に出さないように、なるべく明るい声で、そう答える。


「良かっタ!このまま死んでしまったらどうしようカト思って!」


ぱぁっと顔がほころんだ。


「それで、楓くんは何故ここに?」


「ハイ、お兄さんと別れてから……」


久しぶりに再開した楓くんの話を、要約するとこういう事だ。



俺と別れた後、彼は怪我をした田中さんの代わりに林に入って、仕事をしていた。

いつも通り林に入っていたら突然、辺りが真っ暗になって、建物が生えてきたと。


それで二日ほど、この部屋に隠れていたが扉の前から暴れる音が聞こえて、怖くなって出てきたら俺がいたという事だ。



そうか、ならば此処はあの林の中なのか。

家の前が雪山だった時は、全く違う世界に飛んだのかとも考えていたが、地形が変わった可能性があるか?


いや、今はそんな事より、生き残るにはどうすべきかを考えよう。


……そういえば、気を失う前に衝撃を感じたが俺は一体誰にやられたんだ。


「楓くんが見た時、俺は倒れてたのかな?」


「いえ、立っていましタ」


「ん?」


「あの、お兄さんって気付かなくて、それで」


血の気が引いて、青ざめていく楓くんの顔。

ちらりと楓くんの足元を見ると、血がこびりついたフライパン。


成る程、どうやらあれで頭をいかれたらしい、納得した。


「うん、そうか。大丈夫、怖かったな。」


そう言って頭を撫でてやる。

正直、この建物は異常だ。こんな場所で、まともで居られる方がおかしい。


「うっ、っく」


涙を流し、カタカタ震える小さな体。

彼は悪くない、精一杯生きる為に努めた、それだけだ。むしろ俺が軽率だったと言うべきだろう。


彼を促し、どかりと二人で座り込んだのだった。



……



「アレは屍小鬼ゴブリンゾンビデス」


倒れている小鬼の死体を指して、そう言った。


屍小鬼ゴブリンゾンビ?」


何という安直な、B級映画の世界に入ったかのようだ。次はシャークゾンビか、ドラゴンゾンビか。

しかし彼は大真面目な顔で続けた。


「ハイ、僕は田中さんに助けられる前、この林の村に住んでいました。村は小鬼にバラバラにされたんですが、ソコでは言い伝えがありましタ」


「うん」


「死者を地に還すな、天に還さねばならヌ。と言う話デス。地下には冥府の主がいて、死者を眷属にしてしまうんデス」


「なるほど」


「そして、冥府の主は眷属を増やすために、さらに人を殺して仲間を作ると言われています」


「恐ろしい話だなぁ」


「ハイ、彼等は禁忌を犯したんだと思います。仲間をおくる時は、雲にして空へ上げる必要があル」


うん、と頷く。


此処は異世界、異なる理が支配する世界だ。そう言うこともあるかもしれない。


屍小鬼を突いたナイフを見る。


刃には赤い血がべったりだ、ゾンビも血は赤いんだな。いや、よく見ると切っ先だけ緑色の体液が少しついている。


これは……。


リュックから布の切れ端を取り出して、拭ってから鞘に収めた。


少し間を空けてから、告げる。


「ここを脱出したい」


「ハイ」


「しかし、まだ迷っている仲間が居る。彼女と合流してから脱出しようと思う」


楓くんが、こくりと力強く頷く。


「一緒に行こう。一緒に生きて此処を出よう」


「ハイッ!」


どうやら方針はまとまったようだ。


俺達は、最後の缶詰を食べて力をつけ、ゆみちゃんとの合流を目指す事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る