迷宮サバイバル三日目(前半)

チチチチチチ……


鳥の鳴き声で目が覚めた。


朱鷺色の光の矢が、優しく緑を照らし出し、一日の始まりを告げている。

広大な森の中にぽつんと浮かぶ迷宮、明らかに異質だ。誰が何のために建てたのか。


いや、この大きな回廊全体に一つの目的があって建てられたようには思えない。まとまりとして見た時に、あまりにも統一感が感じられない。


では、結果的にこうなってしまったのだとしたら?

それぞれが、別々の目的がある建物。それが集まってしまったのだとすれば……。


何か脱出するための手掛かりはないのか。


今日の活動を開始しよう、体調は万全だ。

煮沸消毒したとはいえ、昨日飲んだ水は怪しい溜まり水だった。しかし幸運にも問題は無かったようだ。


手早く、焚き火の跡などを片付ける。


水筒の水を少し飲みながら、今日の探索の事を考えた。

この建物自体の構造は回の字型になっていた、外周側へ移動する事が脱出への足がかりになるだろう。


その時、外周側の窓から、人が顔を覗かせているのが見えた。見知ったその人は、ゆみちゃんだった。


驚いた。


まさか彼女まで、こんな所に来てしまっているとは。


「おおーい!ゆみちゃーん!」


大きな声で呼びかける。

はっと気がついた様子で、彼女がこちらを向く。


「お兄さーん!」


そう言って、大きく手を振った。

その姿を見てひとまず安心する。どうやら元気そうだ。


「こっち側には、出口はない!回の字型の建物になっている。反対側が外に通じているはずだー!」


「わかりましたー!」


あの位置からでは、全体の構造は見えないはずだ。迷わぬよう、こちら側に来ないように伝える。


「俺もなるべく外周側に向かうから、そっちで合流しよう!」


「はーい……えっ、きゃあ!」


短い叫び声を残して、窓から人影が消える。

どうやら何かあったようだ。


「大丈夫かー!」


大声で呼びかける。


が、返事はない。


「ゆみちゃーーん!」


……だめだ、何か問題が起こったらしい。

向こうに向かおう、なるべく早く!


(無事でいてくれよ)


焦る気持ちをなだめながら、長い階段を下っていった。



……



タッタッタ


自然に足を運ぶ速度が速くなっている。


うっとおしいクモの巣を払いながら、長い廊下を進んでいく。

ここにあるそれは、よく知るクモの巣より、はるかに強度が高くしっかりしている。

それがまた俺の心をイライラさせる。


苛立っている。

焦りからか、不安からか。


ぴたりと一旦足を止める、大きく深呼吸をした。


「すぅー、はぁー」


サバイバルで一番大切な事は、落ち着く事だ。この世界に来てから、嫌という程思い知らされた。


ゆみちゃんは心配だ。

でも俺が焦ってどうする、まず自分の安全を確保できないで他人が救えるか。


溺れている人間に、無策で飛び込んで助けに行くのは、被害を拡大させる事だってある。


目を閉じて。

呼吸を整える、十数えたら歩き出そう。


瞼を閉じると、真っ暗な世界だ。


聞こえるのは自分の呼吸音と、松明の燃える音。


カチカチカチカチ……


そして、石のような硬いものが打ち付けられているような音が聞こえる。以前も聞こえたあの音だ。


僅かに聞こえる、この音はなんだ?


目を開ける、何かが不自然だ。クモの巣と、焦った心に気を取られて気がつかなかった。


扉のないこの廊下、違和感の正体は。


「……うーん」


何気なく、後ろを振り返って絶句した。


そう明らかだ。


明らかに、先に進むほど廊下が狭く、小さくなっていっている。

前だけを見ていると、気がつかなかった。


カチカチカチカチ……


このまま進むと、どこまで道は細くなってしまうのか。そして、その向こうには、何か良くない予感がする。


「引き返そう」


気持ちが焦る今、取りたくない選択肢だ。あえて言葉にして自分に言い聞かせる。


そして、くるりと来た道を引き返した。

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