雪山サバイバル十四日目(中ノ二)

しばらくすると耳鳴りは収まった。一時的なものだったようだ、ほっと胸を撫で下ろす。


するとその時、黒煙の合間から、ゆらゆらと緑に発光するものが見えた。


ふわりと風が吹いた時に正体が分かった、それは竜の眼だ!

光を受け、ゆらりと輝いている。


目を凝らしてそちらを見ると、顔の右半分が吹き飛び、未だ体の一部から焔と黒煙を纏いながらも、竜が立っている姿が見える。


威風堂々とした姿は、初めからそれが、そうであったかのようにすら感じる。


「嘘だろ……」


燃料爆弾による衝撃で、頭部は破壊され、脳に致命的なダメージを与えている事は間違いない。

口から血を流している所を見ると、目には見えないが肺も損傷しているはずだ。


それでも真っ直ぐに立って、こちらを見据えている。


ガァァァアアッ!!


その叫び声だけで気を失いそうだ。

びりびりと地が震える程の雄叫びと共に、ずしりとこちらに一歩を踏み出した。


此処にいては危険だという事を身体中の細胞が感じとる。


「逃げろおーっ!!」


あらん限りの大声で、そう叫んで走り出す。

言葉を受け、呆然としていた、ゆみちゃんとクロも弾けるように動き始めた。


がらがらと石を鳴らしながら、足場の悪い中を走る。後ろを振り返る余裕はない。


その時、びゅうという風を切る音と共に竜が疾走した。韋駄天もかくやという速さで瞬間、距離を詰められる。


巨大な爪が迫り、最早引き裂かれると思った瞬間。ばちりという音と共に青白い光が一閃。

何者かが横合いから竜にぶち当たり、僅か50cmほど爪が傍に逸れ空を切った!


「クロっ!?」


光の正体はクロであった、真っ黒な体毛を逆立て、発光する角が青い軌跡を描く。

蜘蛛の糸程の細い光の筋が何本も、彼の体より放たれ、竜の脚に吸い込まれてゆく。


次の瞬間。


電光石火の早業だ、目で追えない程の速度で、青い軌跡だけを残し幾度も突進する。


衝突する度にばちりという静電気のような音を立て、一瞬激しく発光する。

どういう原理かは知らないが、竜の脚が刻まれていく。


八の字を描くように、速さを増してゆく閃光。


執拗な脚への攻撃により、竜はぐらりと体勢を崩しズシンと膝を折り倒れこむ。


「ハッハッ、ハァー」


クロが息を切らせているのを初めて見た。かなり消耗しているようだが。


ガァァァアアッ!!


ガラガラガラガラッと、けたたましい音を上げながら、竜が想像以上の速度で地面を這って噛み付いた!


バクン


飛びのこうとしたが遅かった、一瞬動きが止まったクロの右足が、奴の口の中に消える。

ギャンという鳴き声と共に、引きずられて行く。


「くそっ!」


考えるより先に体が動いた、地面を這う竜の頭部目掛けて飛びかかった!


逆手に持ったナイフを、ギョロリとした目玉に向けて突き立てる。予想以上に硬い眼球だったが、根本まで突き刺さった感触が手を伝わってきた。


「ううううあああああああっ!!」


そのまま順手に持ち替えて、体内のより深くへ両手で押し込む!


「死ねって言うんだよ!」


奥へ奥へ奥へ奥へっ!!


グガァァァア!!


堪らず、口を開けクロを放り出した。ばっと出血しながらボロ雑巾のように地面を転がる。


俺の方も、頭部をぐんっと振り回されただけで簡単に宙を舞い、したたかに地面に打ち付けられた。


「かはっ」


背中を強く打ち、息が出来ない。


ズシン


高く持ち上がる頭部。影が大きくなっていく。

最早両の目も機能しておらず、立派は顎は原型を留めていない。

既に死んでいるべき負傷だが、それでも竜は再び立ち上がった。


グルルル……


動けない。


「かっはっ……」


息を吸おうともがくが、肺が仕事を忘れてしまったようだ。


あの巨体である、我々を殺すのに牙も爪も要らないだろう。


(すぐにこの場を離れる、目も見えていないし、姿を隠せば、竜はもうしばらくで死ぬはずだ)


思考ははっきりしているが、身体がついていかない。立ち上がる事ができず、地面を這う。


「っはぁっはぁ」


ようやく呼吸の仕方を思い出したようだ。相変わらず手足は動かないが。


その時


「おらあー!竜こっちだ!」


ゆみちゃんが大きな声で叫び、石を竜に投げつける。


「だめだっ逃げろって……」


声にならないような声で呼びかける、しかし届かない。


目は見えずとも音は聞こえるのか、竜が彼女の方に向き直り、ゆっくり近づいてゆく。


それを確認した彼女は、ばっと向き直り一目散に走り出した、竜がそれを追う!


すぐに、見えない位置まで走り去ってしまった。


(……無事でいてくれ)


そう祈った。

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